ヒッチコック・オマージュの横溢
主人公と思われていたフィリップが映画の中盤で殺害されてしまい、途中からグレースの視点でストーリーが引き継がれていく展開は、『サイコ』(60)と同趣の構成。ダニエルを精神的に支配しようとする夫エミール(ウィリアム・フィンレイ)の姿は、『めまい』(58)のジェームズ・スチュワートと重なる。双子の存在を証明するバースデーケーキを誤って潰してしまい、真実に近づいたものの周りには信じてもらえない状況は、列車の窓に書かれた手がかりを主人公だけが発見する『バルカン超特急』(38)と酷似。さらにいえば、この映画が“赤”を重視した色彩設計で組み立てられていることから、同じく赤が色彩的にもストーリー的にも重要な位置を占める『マーニー』(64)との関連性も認められるだろう。
筋金入りのヒッチコキアンであるブライアン・デ・パルマは、その後も『めまい』を参照した『愛のメモリー』(76)、『サイコ』を参照した『殺しのドレス』(80)、『裏窓』を参照した『ボディ・ダブル』と、露骨なオマージュ作品を発表してきた。だが、彼にとって初めてのスリラー映画となる本作に至っては、もはやヒッチコック・オマージュの山盛り状態。しかも音楽を務めているのは、ヒッチコックと数々の作品で仕事をしてきたバーナード・ハーマンなのだ。まだ駆け出しのフィルムメーカーが、オーソン・ウェルズの『市民ケーン』(41)を手がけたこともある<伝説の映画音楽家>を起用するというのは、なかなかに勇気がいることだっただろう。
『悪魔のシスター』©1973 American International Pictures, Inc.
「編集者のポール・ハーシュのアイデアだったんだ。(映画に)ハーマンの音楽をたくさん使っていたんだよ。『サイコ』の殺人シーンでのバイオリン、『マーニー』の船上でのラブシーン、『めまい』の夢のシークエンス。すると突然、それまで私たちが黙って見ていたものが不吉な様相を呈して、恐ろしくて不穏なものになったんだ」(*1)
デ・パルマがバーナード・ハーマンに脚本を送ると、意外にも彼は仕事を引き受けてくれた。偉大な映画音楽家は気難しい性格だったそうだが(少なくともデ・パルマはそう感じたらしい)、『悪魔のシスター』を観た後に彼は「初めて『サイコ』を観たときのことを思い出した」と言ってくれたという。
かくしてこの映画は、隅から隅までヒッチコック愛に溢れた作品となった。