音とリズムに乗せて描かれていく世界
かくもストーリーだけ読むとかなりグロテスクで物議を醸しそうな内容ではあるものの、ジュネとキャロはこれをあくまで映像的に描ききる。
とりわけ伝説的なのが、住民たちの日常描写が一つ一つ折り重なって、まるで楽団のように音とリズムを奏でる場面。男女が抱き合い、一定のリズムでベッドを軋ませる。それに合わせてチェロの演奏や、メトロノーム、マットを叩く音、自転車の空気入れ、ペンキ塗り、工場での玩具製造のリズムが加速度的にスピードを高め、最後はオーガニズムの絶頂(咆哮)と共に終焉を迎える。音声解説のジュネによると「このシーンは以降、様々な映像や広告で模倣された」らしく、まさに90年代当時、様々な方面に影響を及ぼした象徴的シーンと言えよう。
『デリカテッセン』予告
ただし、この映画は観客に驚きや影響を与えるだけでなく、本作そのものもまた、ジュネやキャロが愛してやまない様々なエッセンスを詰め込んだ一作であることを忘れてはいけない。
例えば、全編を通じて感じられる、身体を駆使したユーモアとドタバタは、バスター・キートンのコメディから取り入れられたもの。そのほかにもジュネは、テックス・アヴェリー(「ルーニー・テューンズ」をはじめ、40、50年代のハリウッドで一時代を築いたアニメーター)のカートゥーンや、ロベール・ドアノー(フランスを代表する写真家で、報道からファッションまで幅広い作品を遺した)などをインスピレーションの源として挙げている。
いま私の手元には図書館から借りた、ドアノーの「パリ」という写真集があるのだが、ページを紐解くと、庶民の暮らしを生き生きと活写したユーモラスな作品の数々に目と心を存分に奪われる。その中には、肉屋をモチーフにしたものもいくつかあり、もうまさに『デリカテッセン』の生き写しに思えるほどだ。