まとまりのない映像に命を吹き込んだ編集作業
通常では考えられない格安のギャラでブラピを獲得したものの、本作の資金難は変わらず、相変わらずの低予算ぶりで製作。エキストラを集めるのにも苦労し、スタッフ総出演で必要な穴を埋めていった。ボクシングのファイトシーンではカメラのアングルが変わるごとにエキストラが全員大移動しながら、限られた人数でいかに満員の観客を表現するかに知恵が絞られた。こういった苦労を噛み締めながらも、出演者たちは気の合う仲間たちが織りなす撮影現場の空気を楽しんでいたようで、待ち時間も冗談を言い合ったり、気ままにチェスなどしながら過ごしたのだとか。そんな話を聞くと、リッチーが「前作と同じキャスト、ジャンルでもう一度」と望んだ理由もわかる気がする。
ただし、撮影が終わると思わぬ難題が待ち構えていた。あれほど楽しみながら撮った映像だが、いざ繋げてみるとちっとも面白く思えないのだ。それもそのはず。この映画は、登場人物も多ければエピソードも多い。それらをただ時系列に並べても、すべてがとっちらかっているだけで、とても一本の映画としてまとまりのあるものとは言えなかった。仮編集されたものを目にしてリッチーは「とんでもない駄作を作ってしまったかも」と半ば落ち込んだ。
『スナッチ』©2000 SCREEN GEMS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
だが、ここからが本領発揮だ。なにせリッチーの作風は手の込んだ編集と音楽がものをいう。まずは3時間ほどあった映像の中で退屈な部分をどんどん切り落とした。さらに小刻みな編集を使って独特のリズムやスピード感を加味。冗長に思えるシーンやテンションを盛り下げる場面は“スプリット・スクリーン”で二分割して、他の軽快なシーンと掛け合わせるなどしてポップ感を生み出した。
これに付き合わされたのが新人編集マン、ジョン・ハリスだ。本作が初めての仕事ということもあり、なんとか爪痕を残そうと仕事場に泊まり込んで、寝る間も惜しんでリッチーとの編集作業に没頭した。リッチーは俳優やスタッフを起用する際にその才能とともに人柄、信頼性、情熱などを重視するというが、その甲斐あって根性の据わったハリスの頑張りにも支えられながら、映像素材は活き活きとした命を吹き込まれていったのである。
あれから18年が経ち、新人だったジョン・ハリスは『 レイヤー・ケーキ』(2004)以降の多くのマシュー・ヴォーン作品に携わり、さらには『 127時間』(2010)、『 トランス』(2013)、『 T2トレインスポッティング』(2017)などのダニー・ボイル作品になくてはならない存在となった。いずれも独創的な監督のビジョンを寸分違わず具現化する、まさに編集がモノを言う作品ばかりだ。まさしく『スナッチ』なくして、彼の覚醒はありえなかっただろう。
かくも様々な要素が絡み合って生まれてきた本作。こうして俯瞰してみると、つくづく若さゆえのバイタリティ、感性、瞬発力に支えられた一作であったように思えてならない。悪く言えば「付け焼き刃」ではあるものの、実はそこが大きな醍醐味。むしろ独特の軽さやまとまりのなさを、自力で確かな魅力へと転じてみせた点こそ大きく評価すべきところなのかもしれない。
『スナッチ』©2000 SCREEN GEMS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
その後ガイ・リッチーは、興行的に大コケした『 スウェプト・アウェイ』(2002)で世間の滅多打ちを食らいながらも、『 シャーロック・ホームズ』(2009)で輝かしく復活。最近ではまたも興行的な不作が続いているものの、それでもこの男は決してあきらめず、大好きなブラジリアン柔術よろしく、どこかですかさずマウントを取るタイミングを狙っているはずだ。彼なら必ずやってくれる。かつて『ロック、ストック』と『スナッチ』で多いに魅了されたファンとしては、転んでもただでは起きないこの男の“返り咲きの瞬間”を楽しみに待ちたいものだ。
ちなみに映画『スナッチ』は2017年にTVシリーズとして生まれ変わった。ガイ・リッチーがガッツリ絡んだものではないが、『 ハリー・ポッター』シリーズのロン役でおなじみ、ルパート・グリントが主演のみならず製作も兼任。日本でも「 スナッチ・ザ・シリーズ」としてひかりTVで配信されているので、ファンはぜひじっくりと見比べてみてはいかがだろうか。
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンⅡ』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
『スナッチ』
発売中
Blu-ray 2,381円(税別)/DVD 1,410円(税別)
発売元・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
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