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『異人たち』アンドリュー・ヘイが描く、山田太一の「敗者の想像力」

(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

『異人たち』アンドリュー・ヘイが描く、山田太一の「敗者の想像力」

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最高のキャスト~アンドリュー・スコットとポール・メスカル



 今回の映画では俳優たちの演技も心に残る。主人公の脚本家を演じるのはアンドリュー・スコット。彼自身もゲイなので、監督も自然な感じで演出できたのではないだろうか。アマゾンのシリーズ「Freebag フリーバッグ」(16~19)では神父役、「SHERLOCK(シャーロック)」(17~)ではモリアーティ役を演じる。後者は、一見、地味に見えながら、実はとんでもない人物で、なかなかのクセモノぶり。」


 映画では『パレードへようこそ』(14)の人物像に今回の映画に通じる部分を発見できる。実話を基にしたゲイの活動家たちを描いたヒューマン・コメディの良作で、スコット演じる活動家は自分がゲイであることを家族に知られ、家を出た後、親とはずうっと疎遠になっている。しかし、あることがきっかけで、久しぶりに家を訪ね、母親と再会する。その時の彼の無言の表情がすごく良くて、思わずホロリとさせられる。『異人たち』の両親との再会にも通じる場面だった。


 昨年から今年にかけて、スコットの才能は大きく花開いている。『異人たち』ではゴールデン・グローブ賞やロンドン映画批評家協会賞の主演男優賞候補となり、舞台はひとり芝居の「ワーニャ」(チェーホフの「ワーニャ叔父さん」)でオリヴィエ賞の主演男優賞候補となる。また、配信作品は4月にネットフリックスで配信が始まったパトリシア・ハイスミス原作「リプリー」の主人公役が絶賛されている。いま、最も輝くアイルランド出身の男優のひとりとなった。自分の感情をじっと抑え、静かな闇の世界で生きる。そんな役を演じると本当に説得力がある。


 同じアイルランド出身のポール・メスカルが彼の恋人役を演じるが、メスカルもまた、いま注目の男優のひとり。昨年、日本でも公開された『aftersun/アフターサン』(22)ではアカデミー主演男優賞候補となり、今回の新作では英国インディペンデント映画賞の助演男優賞も受賞。今後はリドリー・スコット監督の『グラディエーター2』も待機中。『aftersun/アフターサン』で演じた父親は、どこか儚い人物だったが、この役に通じるデリケートな感情を今回も巧みに演じ、忘れがたい人物像を作り上げている。



『異人たち』(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.


 実力派ふたりの共演で、その関係も共感できるものになっているが、今回のキャスティングに関して、ヘイ監督は「キャスティングはデート・エージェンシーのようなものだ。一緒にいることでお互いが輝く俳優たちをうまく選ばなくてはいけないね」と前述の“The Guardian”のインタビューで答えている。


 ちなみに映画に登場するのは、子供の頃ヘイ自身が住んでいたクロイドンにある家で、「ここに足を踏み入れたら、湿疹が出てきた。そんなことは子供の時以来なかったことだ。体がかつてのトラウマに反応したと思う」と前述のインタビューで語る。


 そういう意味でも自分自身を投影した作品になっているようだ。「パンデミックの時期の気持ちも投影されている」と監督は言うが、ロックダウンで家にこもる生活が続くことで、監督のよりパーソナルな部分に踏み込んだ映画が誕生した。


 ゲイの主人公の内面を描いた作品ではあるが、人物像に関して彼はこう考えている――「主人公ふたりが孤独なのは、彼らがゲイだからではない。居心地の悪い世界にいて、そこになじめないせいで孤独を感じている」。ここで描かれるのは、生きづらさを感じる人々の内なる感情を映し出した普遍的な物語ではないだろうか。


 父親を演じるジェイミー・ベルは『リトル・ダンサー』(00)の子役から、渋い役も演じきれる大人の男優となった。母親役のクレア・フォイは『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』(21)、『ウーマン・トーキング 私たちの選択』(22)などで着実な歩みを続ける演技派。ふたりが演じる両親は主人公の“存在”を肯定的にとらえ、自分が分け与えた命をひき継ぐ息子に温かい言葉をかける。


 孤立していた主人公は思わぬ再会を経て、自分のトラウマを見つめ直し、人を愛することの意味も知る。人物たちの心の機微がヘイ監督らしい繊細さと詩的な映像で描かれ、深い余韻を残す作品になっている。



文:大森さわこ

映画評論家、ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウェブ連載を大幅に加筆し、新原稿も多く加えた取材本「ミニシアター再訪 都市と映画の物語 1981-2023」(アルテスパブリッシング)を24年5月に刊行。東京の老舗ミニシアターの40年間の歴史を追った600ページの大作。








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『異人たち』

大ヒット上映中

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

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