2024.05.21
モラルの失墜
『ソイレント・グリーン』の原作は、ハリー・ハリソンが1966年に発表したSF小説「人間がいっぱい」。およそ6年にわたって彼は公害や人口問題についてリサーチを行い、30年後にどんな未来が待ち受けているのかを予測。考えられる限り最も最悪なシナリオを元に、ディストピアSFを書き上げた。チャールトン・ヘストンとプロデューサーが小説を読んで気に入り、映画化が決まったのである。だが、原作に大きな改変が施されたため、原作者と製作会社のMGMの間には大きな隔たりが生じてしまった。ハリー・ハリソンはその怒りを隠さない。
「ハリウッドはいつものやり方で、原作者をぞんざいに扱った。映画化権を買ったのがMGMであることを隠すためにダミー会社が設立され、著者が脚本をコントロールできないように契約書が作成されたんだ」(*2)
だがその一方で、完成した映画には一定の評価も与えている。
「この映画に半分は満足している。小説のメッセージは届いていると思う。メジャーなスタジオが製作したメジャーな映画を見るのは、エキサイティングな経験だった」(*3)
最大の改変ポイントは、合成食品の正体が人間だったことだろう。ラストでソーンが叫ぶ「Soylent Green is People!」(ソイレント・グリーンは人肉だ!)は、アメリカン・フィルム・インスティチュート(AFI)が選んだ「アメリカ映画の名セリフベスト100」にもランクインされているほどに、インパクトが高い。特権階級のアパートには“家具”と呼ばれる美しい女性が常駐しているという設定も、映画のオリジナルだ。
『ソイレント・グリーン 《デジタル・リマスター版》』©︎2024 WBEI
そこから浮かび上がってくるのは、モラルの失墜。それは主人公のソーンも例外ではない。捜査と称して、“家具”のシャール(リー・テイラー=ヤング)とベッドインしてしまうのは、彼女をひとりの人間として見ていないことを指し示している。溢れかえる群衆のなか、暗殺者の誤射によって罪のない人々が次々と撃たれていくとき、誰ひとり被害者をケアしようとしないのも、無気力と倫理観の欠如を表したものだろう。
表面的には、本作は謎の殺人事件を捜査するサスペンス・アクションとして構築されている。だがその皮を一枚めくると、露出されるのはアンモラルで風変わりなディストピアSFだ。職人監督リチャード・フライシャーが、過激な映像作家であることを知らしめた一作が、この『ソイレント・グリーン』なのである。
(*2)、(*3)https://www.tcm.com/this-month/article/406/
文:竹島ルイ
映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。
『ソイレント・グリーン 《デジタル・リマスター版》』
5月17日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次ロードショー 中
提供:キングレコード 配給:コピアポア・フィルム
©︎2024 WBEI