ラストの絵に込められた意味とは?
(映画のラストシーンに触れています)
映画のラストで衝撃的に映し出されるのは、バルボラがベルティルを描いた3枚目の絵。最初の構想ではベルティルと恋人がモデルになるはずだったが、ヘロインを断てないベルティルと恋人が破局に至ったことは映画でも示されていた。
完成した絵に描かれていたのはベルティルの(元)恋人ではなくバルボラだった。絵の中ではソファーに横たわるベルティルの胸にバルボラが右耳を当てている。バルボラは、恋人がいたはずの場所に自分自身を描き込んだのだ。
この絵が語っているのは愛なのか友情なのか、自分自身も作品化してしまう芸術家のエゴなのか? 答えは掴みかねるとしても、絵が放つ凄みに圧倒されずにいれない。バルボラは「絵から何を感じるかは見る人に委ねたい」と断りつつ、作品の背景をいくつか明かしてくれた。
「Heartbeat (The Painter & the Thief)」(2018)Barbora Kysilkova
まず2011年に、彼女はまったく同じ構図の絵を描いており、どちらの絵も「Heartbeat」と名付けられている。オリジナルのその絵は、横たわっている男がいて、彼を心配しているもう一人の男が「心臓はちゃんと動いているだろうか」と胸に耳を当てている様子だという。
バルボラは、絵に描くことでベルティルを一方的に搾取しているような罪悪感も覚えており、自分も同じようにさらけ出すべきではないかという思いがあった。またベルティルは何度も生死の境をさまよっており、バルボラもベルティルの心臓は動いているかと一度ならず案じていた。だからこそ、心音を聞いている人物として自分を登場させたのだ。
さらに注意深く見ると、ベルティルが横たわっているソファーが、ベルティルが盗んだまま見つかっていない「クロエとエマ」という絵に描かれたソファーだとわかる。ベルティルが横たわっているのは、絵の盗難で行方不明になった2人の少女がいた場所なのである。この引用は、ベルティルに仕かけたゲームのようなものなのだとバルボラは話してくれた。
映画の最初で盗まれた「白鳥の歌」は、奇縁の果てに作者のもとに戻り、ベルティルの手で釘が打たれて再び木枠に固定されるというきれいな円環構造になっている。消えてしまった「クロエとエマ」も、形を変えて新しい絵の中に埋め込まれた。『画家と泥棒』では、冒頭から散りばめられていたさまざまな要素がめぐりめぐってひとつの場所に収まる。これを「できすぎ」と感じる人がいることも理解できるし、奇跡とフェイクの狭間を漂うようなスリリングさが、この映画をひときわ面白くしていることも事実だろう。
蛇足ながら最後にもうひとつだけ。「Heartbeat」の絵には、鏡像のように左右反転した文章が書かれている。これは英国のバンドTindersticksの「Sleepy Song」という曲の歌詞から引用だそうだ。歌詞に解説を付けるのは野暮だし、確たる答えが得られるわけでもない。ここは絵と映画の世界を広げるバルボラからの問いかけだと思って、それぞれに想像の翼を広げていただきたい。
参考資料:
SUBUのベンジャミン・リー監督インタビュー記事 2021年10月14日
Deadlineによるリー監督、バルボラ・キシルコワ、インタビュー記事 2020年12月10日
Rus & Samfunnによるカール・ベルティル・ノードランドのインタビュー記事 2020年11月18日
https://www.rus.no/aktuelt/ut-av-skammen
The Human Aspectに投稿されたカール・ベルティル・ノードランドのインタビュー動画2021年4月5日
https://www.thehumanaspect.com/story/548/Karl-Bertil
Rus & Samfunnによるカール・ベルティル・ノードランドのインタビュー記事 2023年2月13日
文: 村山章
1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。
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https://madegood.com/the-painter-and-the-thief/
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