70~80年代のラスべガス、カジノを舞台にした人間模様
ニコラス・ピレッジのノンフィクション「カジノ」(ハヤカワ文庫、広瀬順弘訳)では実在のギャングたちの数奇な運命が描かれるが、映画はこれをフィクションとして再構築している。
映画でロバート・デ・ニーロが演じていたサム・“エース”・ロススティーンのモデルとなったのはギャンブラーのフランク・“レフティ”・ローゼンタール、ジョー・ペシ演じるギャングのニッキ―・サントロはアンソニー・スピトロ、シャロン・ストーン演じるジンジャー・マッケンナはジェリ・マギーが本名である。
映画で描かれた通り、実話の中でもレフティとアンソニーは幼なじみで、ジェリは元ショーガールである。映画の中のデ・ニーロ演じる主人公は、タンジールという架空のカジノの経営を任されているが、実在の人物はスターダストなど4つのカジノのボスだった。
ピレッジの原作はノンフィクションゆえ、実録調の語り口で進む。映画でもその手法が使われ、主人公エースのナレーションで物語が進む。
こういうナレーションによる進行は、『グッドフェローズ』でも使われていたし、スコセッシの代表作『タクシードライバー』(76)も主人公のナレーションが軸となっていた。
ただ、『カジノ』がユニークなのは、エースとニッキ―、ふたりのナレーションが交互に入る点だろう。それぞれの視点でエピソードが語られ、ふたつの軸で物語が進む。この点は『グッドフェローズ』を一歩進めた構成になっている。
また、スコセッシは初期のギャング映画『ミーン・ストリート』(73)や『タクシードライバー』、『グッドフェローズ』のようにニューヨークを舞台にした物語を得意としているが、この作品のふたりの男たちはシカゴの出身であり、彼らはラスべガスに流れたヨソ者だ。
「(エースのモデルとなった)フランク・ローゼンタールがラスべガスにやってきたのは(中略)ほかの大勢のアメリカ人と同じく、自分の過去と決別するためだった。ラスべガスは過去を詮索しない街なのだ。新たなチャンスを求める者がやってくる街。(そこは)人間たちの最終目的地。それがラスべガスなのだ」(原作より)
原作によると、ラスべガスは1970年から1980年にかけて大きな成長を遂げ、客の数は約1,104万人へと倍増し、訪問客が落とした金は約47億ドル。かつての273%も増えたという。そんなラスべガスが「空前の繫栄を謳歌した時代」ともいえる1970年代を舞台にしている。
「カジノで行われる賭けはすべて、客にはチャンスがあるという幻想を与えつつ、カジノの収益が最大になるように勝率が設定されている」(原作より)
タンジールというクラブを仕切る主人公は八百長のギャンブラーたちにも目を光らせ、冷静な眼を持つ凄腕の支配人として登場する。
劇中にはエースが自分の食べたブルーベリー・マフィンに、ほとんどブルーベリーが入っていないことを知って、コックにクレームをつける場面がある。これは原作でも描かれていて、「(彼は)すべてのブルーベリー・マフィンに少なくとも10個のブルーベリーが入っていなければならないと主張して、<スターダスト・ホテル>のコックたちを驚かせたこともある完全主義者だった」
そんな有能な支配人は幼なじみのギャングのニッキ―や妻となるジンジャーとの出会いを通じて運命の歯車が狂い始める。