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『悲しみは空の彼方に』メロドラマの二面性、人生の不完全さへのまなざし

©1959 Universal Pictures Co. Inc. RENEWED 1987 by Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.

『悲しみは空の彼方に』メロドラマの二面性、人生の不完全さへのまなざし

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アメリカへのさようなら



「カメラの動きは俳優の動きによって正当化されるべきであり、俳優の動きはカメラによって正当化されるべきであるということです。」(ダグラス・サーク)*2


 素晴らしいメロドラマとは、誰もが傷つくが、誰のことも責めることができないものだとトッド・ヘインズは主張している。主人公が社会的な役割によって狭められた欲望=可能性から外へ一歩を踏み出すとき、いろいろな人が傷ついていく。しかし誰もそれを責められない。それがメロドラマなのだと。トッド・ヘインズの意見は、そのまま『悲しみは空の彼方に』という映画に当てはまる。ダグラス・サークは、恐るべき緻密さでメロドラマの持つ美しさと残酷さの二面性を描いている。ダグラス・サークの言うように、この映画の優れたカメラワークは俳優に対して好奇心旺盛な“パートナー”となる。


 本作の重大なテーマは冒頭の海辺のシーンで既に予見されている。本作はローラが娘のスージーを“見失う”シーンから始まっている。慌ててスージーを探すローラの姿が写真に撮られる。スティーブの撮ったこの美しい写真には、ローラのフォトジェニックな才能が炸裂している。この写真はローラのスター性を予見している。寝ている太った男性のお腹に缶ジュースを置いて、きゃっきゃっと遊ぶスージーとサラ・ジェーン。起きて激怒する男性。スティーブは2人の“保護者のふり”をして円満に解決しようとする。たしかにスティーブは父親のように見える。そしてアニーの存在。いとも簡単にアニーを迎え入れてしまうローラに対して観客は心配になる。この女性は本当に信用できる人物なのか? ここには小さなサスペンスが生まれると同時に、この女性をどう思うか?という、私たちそれぞれの観客の感性が試されている。“どのように見えるか?”というテーマは、本作の最大のテーマとなっていく。



『悲しみは空の彼方に』©1959 Universal Pictures Co. Inc. RENEWED 1987 by Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.


 そしてジェットコースターのようなエモーションのアップダウンがある。太った男性のお腹に置かれた缶ジュースのように、それはユーモアと無礼さを併せ持っている。スティーブがローラにプロポーズするシーンに、この映画のエモーションのアップダウンが凝縮されている。ロマンスの絶頂を迎えたすぐあとに、それらは粉々に破壊されていく(この映画はアップダウンの繰り返しだ)。このときのカメラと俳優の動きの緻密な連動性は極上の出来栄えだ。自分の夢のためにスティーブを捨てるローラはどうかしているが、夢を諦めさせようとするスティーブはもっとどうかしている。アップダウンと二面性。同じように、娘のスージーが「やめてそんな芝居」「ここは舞台じゃないのよ」と、ローラの“演技”を糾弾するシーンにおけるカメラと俳優の連動が素晴らしい。スージーがフレームの外に消え、ローラのわざとらしい“演技”の顔だけがフレームに取り残される。ローラは“演技”であること、偽物の感情を娘に見抜かれるのだ。シリアスとユーモアを行き交うなんとも滑稽なシーンだ。ダグラス・サークは、カメラと俳優の動きの連動によってメロドラマの二面性を演出している。そのとき感情は2倍になる。


 『悲しみは空の彼方に』は葬儀の行進のシーンで終わる。マへリア・ジャクソンの歌うゴスペルの美しさ。サラ・ジェーンは生きている母親に抱きしめられ、死んだ母親の棺を抱きしめる。ダグラス・サークはメロドラマの二面性とアメリカの成功と失敗の二面性を掛け合わせ、ハリウッドへの別れの墓標とした。この恐るべき傑作には、希望と失望、笑いと怒り、祝福と呪い、本物と偽物、そして生と死、あらゆる人生のアップダウンが、同じフレームの中に等価の輝きとして彫刻されている!


*1  Rainer Werner Fassbinder [Six Films by Douglas Sirk]

*2 Bright Lights Film Journal [Two Weeks in Another Town: Interview with Douglas Sirk]



文:宮代大嗣(maplecat-eve)

映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。



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作品情報を見る



『悲しみは空の彼方に』

【ダグラス・サーク傑作選】

3月28日(金)~4月17日(木) YEBISU GARDEN CINEMAにて限定開催

主催:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム

©1959 Universal Pictures Co. Inc. RENEWED 1987 by Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.

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