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『けものがいる』ベルトラン・ボネロによるレア・セドゥ論、浄化に抗うために

©Carole Bethuel

『けものがいる』ベルトラン・ボネロによるレア・セドゥ論、浄化に抗うために

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浄化に抗うために



 1910年のガブリエルはピアニストだ。ルイはピアニストが音楽を奏でる際、手が重要となるのか、感情が重要となるのか疑問を問いかける。技術が先にあるのか。感情が先にあるのか。このときのルイがガブリエルに投げかける言葉は、『けものがいる』という映画が、自身を“楽器”のように扱う俳優の身振りに関する映画であることを示している。同時にAIによって感情が浄化された世界では技術だけが重要視されることも示している。1910年の世界と2044年の世界のつながりが、現在の私たちが直面する問題を照射している。1910年の人形はパリの大洪水の中で、まさしく“ニュートラル”な表情を見せる(特殊効果を排した水中のシーンがとても美しい)。2014年の人形はガブリエルの話し相手のように言葉を使う。2044年の人形(ガスラジー・マランダ)はもはやガブリエルと対等か、それ以上の存在として描かれていく。


 2014年のルイは、アイラビスタ銃乱射事件の加害者エリオット・ロジャーをモデルにしている。望まない独身者、女性嫌悪。インセルの代名詞のように語られることになるエリオット・ロジャーは、「My Twisted World(僕の歪んだ世界)」と題された141ページにも渡る自伝的なマニフェストと殺害予告動画を残し、無差別殺人に及んでいる。警官に追われたエリオット・ロジャーは、頭を拳銃で撃ち抜き自殺している。生前のエリオット・ロジャーは、ナチスのことを検索していたという。ナチスによる民族浄化。女性嫌悪者の歪んだ理念に留まらず、このエピソードは本作の“浄化”というテーマとつながっている。ルイは生まれ変わるたびに、“浄化”されていく。2014年と2044年のガブリエルは、“浄化”の理念からルイを救おうとする。



『けものがいる』©Carole Bethuel


 2014年、ガブリエルが留守番の仕事をしているロサンゼルスの豪邸のシーン。このシーンのノートPCの画面にはハーモニー・コリン監督の『トラッシュ・ハンパーズ』(09)が引用されている。VHS映像を何度もダビングしたような粗悪な映像の中で、覆面を被った複数の人間が町のゴミ箱と性行為をしたりする、まさしくトラッシュな作品だ。ハーモニー・コリンはこの作品を制作する際、デジタルの“浄化”された映像にはない「不思議な美しさ」をVHSの映像に見出している。つまり『けものがいる』という映画は、すべての“浄化”に抗っている。そしてガブリエル=レア・セドゥのパフォーマンスはすべての“浄化”に抗う。


 「演技の場合、カメラがすべてを見ているから嘘をつくことができない。とてもとても誠実でなければならない。」(レア・セドゥ)*3


 ロイ・オービンソンの名曲「Evergreen」が形を変えて繰り返し流される。TVのカラオケ番組でチープに歌われる「Evergreen」。ガブリエルとルイのドラマチックな再会シーンに流れる「Evergreen」。『Coma』で描かれた、この世のどこでもない“フリーゾーン”にあたるのが、夜のクラブシーンといえる。自由闊達なパフォーマンスとは裏腹に悲劇的な映画だが、ベルトラン・ボネロとレア・セドゥは、デジタルのブロックノイズに塗れない叫びを、エバーグリーン、永遠に色褪せないものと定義している。『けものがいる』という作品には、すべての浄化と忘却に抗うためのパフォーマンスがある。この映画はもっともっと恐れるべきだと主張する。どんな時代になろうと演技=パフォーマンスを続けていくべきだと主張する。ワンクリックで消去されない不滅のパフォーマンス。ベルトラン・ボネロが言うように、レア・セドゥという俳優のパフォーマンスは、「カメラよりも強い」のだ。


*1 New York Film Festival 61’ [Bertrand Bonello on The Beast]

*2 Film at Lincoln Center [Léa Seydoux on The Beast]

*3 The Film Stage [“I’m Not an Actor”: Léa Seydoux on Her Creative Self and False Public Perception]



文:宮代大嗣(maplecat-eve)

映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。



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作品情報を見る



『けものがいる』

全国順次ロードショー中

配給:セテラ・インターナショナル

©Carole Bethuel

© FILM : 2022 – LES FILMS DU BÉLIER – MY NEW PICTURE – 9459-5154 QUÉBEC INC. – ARTE FRANCE CINÉMA – AMI PARIS – JAMAL ZEINAL-ZADE

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