1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. クィア/QUEER
  4. 『クィア/QUEER』ルカ・グァダニーノとダニエル・クレイグが描く、中年放浪者の孤独と悲哀
『クィア/QUEER』ルカ・グァダニーノとダニエル・クレイグが描く、中年放浪者の孤独と悲哀

©2024 The Apartment S.r.l., FremantleMedia North America, Inc., Frenesy Film Company S.r.l.

『クィア/QUEER』ルカ・グァダニーノとダニエル・クレイグが描く、中年放浪者の孤独と悲哀

PAGES


心理を映し出す音楽とチネチッタに作られたセット



 グァダニーノは選曲に凝ることで知られる監督で、今回の映画では1950年代が舞台であるにもかかわらず、時代を超えた曲が使われる。90年代に時代を揺さぶったニルヴァーナの音楽がひとつのキーになっていて、彼らの「オール・アポロジーズ」のカバー曲がタイトルに使われる(歌はシネイド・オコナー)。また、ウィリアム・リーがストリートで闘鶏を見る場面では、ニルヴァーナの「カム・アズ・ユー・アー」が流れる。このバンドのカート・コバーンがバロウズのファンで、彼と交流があったことも意識して、こうした選曲になったのだろう。


 また、プリンスの曲も使われる。「17デイズ」は、プリンスの死後、リリースされたアルバム「ピアノ&ア・マイクロフォン1983」からのナンバーで、メキシコの退廃的な夜の雰囲気に若きプリンスの初々しいピアノが響き渡る。


 カート・コバーンは20代で自死を選んだが、プリンスやシネイド・オコナーは50代で亡くなった(オコナーはプリンスの曲を歌ったこともあった)。そう考えると、どこか死のイメージを引きずった選曲といえるだろう。


 こうした既成曲と並行して、オリジナル曲も登場する。担当しているのは、『ボーンズ・アンド・オール』や『チャレンジャーズ』でも、グァダニーノと組んでいた絶好調のトレント・レズナーとアッティカス・ロスのコンビ。今回も彼らのオリジナル音楽はさえていて、ダンス系ナンバーが中心だった『チャレンジャーズ』に続き、この監督との相性の良さがうかがえる。特にこの映画のほろ苦い感情をかき立てる「ピュア・ラブ」には、リリカルな美しさがあり、よせては返す波にように、じわじわと感情が広がる。その繊細な旋律がアレンジを変えながら、何度か劇中に登場し、この映画のキーの音となる。


 この曲はグァダニーノが『君の名前で僕を呼んで』で起用したシンガー・ソングライターのスフィアン・スティーヴンスのサウンドに似た響きがあり、彼が思い描くロマンティックな愛のイメージを代弁しているのだろう。


 また、トレント・レズナーとアッティカス・ロスは、ボーカル曲も作っている。エンディングテーマは、ブラジル音楽界の伝説的なアーティスト、カエターノ・ヴェローゾが歌う「ヴァスター・ザン・エンパイア―ズ」。歌詞としてバロウズの名前がクレジットされていて、彼の言葉を引用したものになっている。宇宙的な広がりを感じさせる仕上がりだ。



『クィア/QUEER』©2024 The Apartment S.r.l., FremantleMedia North America, Inc., Frenesy Film Company S.r.l.


 映像の方も、グァダニーノの美意識が全開で、ネオンがまたたくメキシコの夜の風景に魅せられる。ほとんどの場面は、イタリアのチネチッタで撮影されたという。「Indie Wire」(24年12月8日)によると、グァダニーノは『赤い靴』(48)で知られる英国の巨匠監督、マイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガーの作品を意識し、特に彼らの名作『黒水仙』(47)の映像をヒントにしたという(ヒマラヤの修道院を舞台にしたこの作品も、グァダニーノの映画同様、欲望をテーマにしていた)。


 パウエル=プレスバーガー作品は現地で作られたわけではなく、オールセットで撮られているので、それを意識してチネチッタでの人工的なセットで撮ったようだ。また、リーが住んでいるアパートなど、デヴィッド・リンチの『ブルーベルベット』(86)からヒントを得た場面もあるようだ。


 前述のインタビューでグァダニーノはこんな発言をしている――「(50年代が舞台の映画ではあるが)時代を描いた作品ではなく、ウィリアム・バロウズの想像の世界を視覚化した作品にしたかった」


 実はこの小説の映画化は、スティーヴ・ブシェミが試みたこともあったようだし、『ドラッグストア・カウボーイ』でバロウズと組んだガス・ヴァン・サントのバージョンも作られたかもしれない。最終的には、チネチッタに人工的なセットを作り上げることで、グァダニーノが10代の頃から夢想してきた、魅惑的なバロウズ・ワールドが出現することになった。



文:大森さわこ

映画評論家、ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウェブ連載を大幅に加筆し、新原稿も多く加えた取材本「ミニシアター再訪 都市と映画の物語 1981-2023」(アルテスパブリッシング)を24年5月に刊行。東京の老舗ミニシアターの40年間の歴史を追った600ページの大作。




『クィア/QUEER』を今すぐ予約する





作品情報を見る



『クィア/QUEER』

全国ロードショー中

配給:ギャガ

©2024 The Apartment S.r.l., FremantleMedia North America, Inc., Frenesy Film Company S.r.l.

PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. クィア/QUEER
  4. 『クィア/QUEER』ルカ・グァダニーノとダニエル・クレイグが描く、中年放浪者の孤独と悲哀