2025.05.26
過激化するスタント、そして曖昧になる虚実の境目
映画人としてのトムクルさんは、とにかく本物にこだわる。たとえばクリストファー・ノーランが本当にビルを爆破したり、黒澤明が城を作って燃やしたりするのと同じだ。比較的アクションのイメージが薄い1作目の『ミッション:インポッシブル』ですら、こんな逸話がある。同作のクライマックスには、爆走する高速鉄道にトムクルさんがしがみつくシーンがある。当然、特殊効果を使ったセット撮影となった。しかし、トムクルさんは時速何百キロで疾走する列車に見えるようにと、「風」にこだわったという。ジェットエンジンをセットに持ち込むなど、色々な実験を繰り返し、小さなゴミでも目に入ったら失明する速度になるほどの強風を発生させる特殊な機械を作り上げた。そこまでやる必要があったかは不明だが、恐ろしい執念だ。続く2作目では、先ほども触れたロック・クライミングのシーンが有名だろう。監督のウーはスタントを使う気満々だったが、トムクルさんはウーにやってきて、自分でやると直談判した。ウーは当時をこう語る。「彼はこうも言いました。“スタントだったら、観客は気づいてしまう。体の動きが僕のとは違うんです。後ろからでも、僕じゃないと気づくでしょう”って」ここでもトムクルさんの本物至上主義が爆発したのだ。
これらのトムクルさんの言動を見ていると、彼の映画作りにおける思考は非常にシンプルだ。「観客を楽しませたい」「観客は本物を見抜く」「だから自分でやる」このホップ・ステップ・ジャンプである。
『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』©2025 PARAMOUNT PICTURES.
さらに、本物を使うことが興行収入に絡んでいた点も、プロデューサーとしてのトムクルさんの意識にはあるだろう。『1』『2』とヒットを記録したが、どちらも批評的には今ひとつに終わった。特に『2』は『マトリックス』(99)の真似だと批判され、この点から『3』ではシリーズの他作品に比べてアクションを少しだけ控えめにしたのだが……。今度は期待を下回る興行収入に終わってしまう。しかし、4作目の『ゴースト・プロトコル』(11)にて、ドバイのビルの地上518mの高さに貼り付く危険すぎるスタントを披露すると、批評的に絶賛され、世界の興行収入も『3』の約1.7倍以上を叩き出す。プロデューサー目線で見たとき、だったら『ゴースト・プロトコル』の路線を踏襲しようと考えるのは自然なことだ。この作品の成功を機に、トムクルさんの映画作りは「見せ場になるアクションを決めてから、話を考えていく」という形に変わっていった。つまり「物語の流れ的に、イーサンがここで無茶をする」ではなく、「トム・クルーズがこういう無茶をするために、物語を考える」に変わったのだ。言ってしまえば「こんなトム・クルーズはビックリ! どんなトム・クルーズ?」という大喜利的な側面が本シリーズにはあるのだ。このスタンスの変化こそが、トムクルさんとイーサン・ハントの境目を曖昧にしていったのである。