
© 1987 Excelsior Film-TV. © 2010 Cristina D’Osualdo. All rights reserved.
『黒い瞳 4K修復ロングバージョン』大人のための、そして、大人になるための映画
大人のための、そして、大人になるための映画
真実などどうでもいいと言うかのようなロマーノの不誠実さの根底には、彼自身が自分の人生や事実に真っ直ぐ対峙してこなかったことの表れだとも理解できる。多くの人々が、理想の自分と現実の自分とのギャップに苦しんでいる。しかし、それを乗り越えて現実を受け入れなければ、責任のある行動を取ることができる“大人”にはなれないのではないか。ロマーノの悔恨から感じられる痛みには、彼がその歳であっても、やっとその一歩を踏み出そうとする萌芽が顔を出したことを示すのである。たとえ、その直後にくだらない嘘をついてしまったとしても。
チェーホフは、このような人間の心に迫り、普遍的なテーマを浮かび上がらせる作家だ。「犬を連れた奥さん」や「かもめ」に見られる、“自分や周囲に嘘をつき本当の自分をさらけ出すことができない”という心情、「ワーニャ伯父さん」、「三人姉妹」のテーマに見られる“過去への後悔”。優れた人間観察から得た知見が、その精緻な描写にまざまざと投影されている。
『黒い瞳 4K修復ロングバージョン』© 1987 Excelsior Film-TV. © 2010 Cristina D’Osualdo. All rights reserved.
そして、本作のベースとなった「犬を連れた奥さん」の結末では、苦しい心情のなかでも、悩んだ先に希望があることが示唆されている。本当の自分に対峙し、自分や大事な人のために本気で悩むこと、真摯に考えることこそが、“人生を本当に生きる”ことだと、チェーホフは受け手に語りかける。
そんなチェーホフのメッセージを、ミハルコフ監督とマストロヤンニたちは、自分の領分でそれぞれに深いところから表現し、人生の真実を映し出している。その意味で、まさに本作は、大人のための、そして、大人になるための映画だといえるのである。
文:小野寺系
映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。
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『黒い瞳 4K修復ロングバージョン』
5月30日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次ロードショー
配給:ザジフィルムズ
© 1987 Excelsior Film-TV. © 2010 Cristina D’Osualdo. All rights reserved.