エレノアとソフィア
カエサルの妻サニー・ホープ(ヘイリー・シムズ)は、コッポラが描く女性たちが纏う“悔いのイメージ”をよく表わしている。カエサルは亡き妻のイメージに苦しむ。たとえば『ゴッドファーザー』(72)のマイケル・コルレオーネは、シチリアで結婚した最初の妻を自分のせいで失ったことに生涯苦しむことになる。マフィア組織のドンになったマイケルは、妻のケイを完全に置いてきぼりにしていく。悲劇は反復される。『ゴッドファーザー PART Ⅲ』(90)で人生をリスタートさせようとするマイケルは、大切な娘を失うという“罰”を受けてしまう。『ワン・フロム・ザ・ハート』は、一度別れたカップルが再び出会う“再会の喜劇”が描かれた映画だった。『コッポラの胡蝶の夢』は、“時間旅行”の中でかつて別れることになった女性との人生を再構築させていく映画だった。『Virginia/ヴァージニア』(11)では『メガロポリス』にも登場するジェーン・ドゥ(身元不明の女性の死体)が出現する。死体との再会。河で溺れた女性の死体という『狩人の夜』(55)へのオマージュから生まれたイメージは、コッポラにとって“悔いのイメージ”といえる。
『メガロポリス』© 2024 Caesar Film LLC All Rights Reserved.
『メガロポリス』はコッポラの妻エレノア・コッポラに捧げられている。70年代にコンセプチュアル・アートの世界で活躍していたエレノア。2人の娘のソフィア・コッポラは、素晴らしい夫と美しい家庭を築くことだけでは決して満足できなかったと語るエレノアの姿を見て育っている。たとえばエルヴィス・プレスリーの妻を描いたソフィアの『プリシラ』(23)が、コッポラ家におけるエレノアの置かれていた立場を思い描きながら撮られたことを思うとき、フランシスとソフィア、父と娘の映画は初めてお互いを補完することになる。
壮大なコロッセオのシーン。ポップスターのヴェスタ(グレース・ヴァンダーウォール)はユニークな衣装を披露する。このときソフィアの映画に対するウィンクのようなショットが挿まれているのが感慨深い。劇中のキケロとジュリアの父娘がよく一緒に行動しているのは、かつて映画の撮影現場にソフィアを連れて行った記憶が重ねられているという。『メガロポリス』に極めてプライベートなコッポラの思いが込められているとするならば、この映画自体がエレノアやソフィア、家族への贖罪であり、感謝の手紙、“ラブレター”であることだろう。