(C)2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
初脚本でオスカー受賞。脚本家マイケル・アーントが『リトル・ミス・サンシャイン』で魅せた魔法
2018.09.18
リアルさとコメディを追い求めた、執念のリライト作業
とはいえ、この製作準備期間にまさか5年もの歳月がかかるとは予測してなかっただろう。まずは予算を集めるのに時間がかかったのと、あとはデイトン&ファリス監督がマイケル・アーントと共に密になって脚本を詰め、練り上げていったのも大きな要因となった。
この場合、別の脚本家を雇ってバッサリと修正を施したり、また監督らが自分たちで勝手に改稿を重ねることもできたはずだ。しかしデイトン&ファリスはそうしたくなったという。なぜなら、この素晴らしい世界観と愛すべきキャラクターたちをゼロから生み出したのは、紛れもないこのマイケル・アーントだから。夫婦監督はアーントの物の捉え方、表現の仕方、センスを大いに評価していた。だからこそ、改稿や修正においても、生みの親の彼が納得した上で、彼自身の手によって執り行ってほしいと切に望んでいたのだ。
この思いにアーントも執念深く応えていった。プリ・プロダクションの段階のみならず、撮影が始まっても、またその後のポス・プロにおいても終始一貫してこの映画に携わり続け、何か問題が発生した時には監督らと知恵とアイディアを出し合ってなんとかピンチを乗り切った。その結果、初稿から際立っていた6人のキャラクターはますます魅力的なものとなった。それぞれが生まれ育った時代背景がしっかりと反映され、ちょっとした表情や行動から滲み出る内面性にも深みが増した。
『リトル・ミス・サンシャイン』(C)2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
「リアルさ」と「コメディ」を共に成立させるにはサジ加減が極めて重要だ。その点、誰もが身に覚えのある切羽詰まった状況を、ギリギリのところで「笑い」へと転化させていくアーントの筆致は極めてスリリングであり、シーンの最後まで何が起こるのか予測がつかない、素っ頓狂な構成も彼にしか成しえないもの。それでいて、私たちが笑ってしまうのはあくまで「状況」なのであって、決してキャラクターを卑下したりバカにするようなものではない。そこも彼の作品の大きな魅力だ。
そもそも、この映画には悪者なんて一人も存在しない。悲しみの中で思いがけないことが巻き起こる顛末にも、シニカルさではなく、逆にあふれんばかりの「慈しみ」や「愛情」が詰まっている。それが痛いほど伝わってくるからこそ、我々は爆笑しながらも胸を震わせ、「プ〜プ〜」と放屁のような音を放つクラクションにさえ涙がこぼれ落ちそうになるのだろう。
そうやって黄色いミニバスを必死に押し合いながら、旅を続ける彼らの姿から聞こえてくるのは、「これぞ人生!」というメッセージである。車内のほとんど身動きの取れない状況でこれほど面白い会話を紡ぎ、さらにあっと言わせる展開を次々と炸裂させるなんて、本当に神がかり的という他ない。ちなみに「ミニバス」というアイディアは、アーント自身の幼少期の家族旅行から掘り出したものらしいが、まさかその記憶の断片がこれほどの最高の舞台へ昇華されるなんて思いもしなかったはずだ。
『リトル・ミス・サンシャイン』(C)2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
確かに本作は準備期間に相当の年月を必要とした。が、その分だけ、練りに練られた脚本は、携わったスタッフを魅了してやまないものとなった。そうやって感化された思いは自ずと広く深く伝播していくもので、スタッフ一人一人の活き活きとした情熱は、もともと役作りに没頭していた俳優陣をもさらに刺激し、鼓舞するものとなったという。まさに一心一体。そうやって作り手さえもが、一人の登場人物にでもなったかのように映画作りの旅を続けることで、これほど忘れがたい、情熱の結晶のような本作が生まれたのである。