
©2024 The Apartment Srl - Numero 10 Srl - Pathé Films - Piperfilm Srl
『パルテノペ ナポリの宝石』パオロ・ソレンティーノがフェリーニ印を散りばめ描いた、ナポリという街
2025.08.26
ナポリに見る、光と影
そこからは奔放になり、性的な関係にも積極的になろうとするパルテノペ。しかし、「欲望は謎でセックスはその葬式」と、ミステリアスな名言を口ずさむように、性行為そのものについては、どこか冷めた目を持ってもいる。彼女は幼馴染のサンドリーノと恋愛関係に発展するのだが、繊細な感性を持った兄のライモンドは、妹への複雑な感情から、突如として命を自ら絶ってしまう。パルテノペは、この出来事に深い衝撃を受け、悲嘆に暮れることになる。
これをきっかけに、彼女は抑制的な学問の道へと進むことになるのだが、類まれなる美貌を活かすことのできる女優への道に誘惑されてもいる。『サンセット大通り』(50)でグロリア・スワンソンが演じていたノーマ・デズモンドを想起させる、隠遁した往年の女優フローラ・マルヴァ(イザベラ・フェラーリ)は、傷つけられた女優の行く末をパルテノペに見せる。
もう一人の先輩女優グレタ・クールは、自身を称賛するために集まったナポリの人々を「災いはお前らだ!」と、わざわざ罵倒し不遜な態度をとる。こちらはフェリーニ監督による、『世にも怪奇な物語』(67)の一編「悪魔の首飾り」でテレンス・スタンプが演じていた、シニカルな人気俳優に重ねられる。しかし、クールの態度の裏にはナポリの現実への正当な怒りと苛立ちが隠されていた。マフィアの男の手によって、パルテノぺはスパッカ・ナポリ(ナポリの下町)の雑然とした路地裏で、そんな闇の世界を実際に垣間見ることとなる。
『パルテノペ ナポリの宝石』©2024 The Apartment Srl - Numero 10 Srl - Pathé Films - Piperfilm Srl
このように、歴史のなかに織り込まれた、街の光と影を対照的に見せていく趣向は、やはりフェリーニ監督の、『フェリーニのローマ』(72)に近いスタイルだ。ローマを多角的に表現する、この作品では、娼婦たちの姿や風俗街などが一つの側面としてパワフルかつ陰惨に描かれていた。本作でも、搾取の対象にされる若者や、娼婦たちの姿を映し出す、そんな街の暗部のなかに唯一、幻想的な美を感じさせる場面がある。そこでは、青い光を放つバッグがいくつもの窓から降りてくるという、現実離れしたルミナリエ(イルミネーション)が見られる。これもまた、フェリーニ監督の『カサノバ』(76)における、乱痴気騒ぎの続く内容のなかで静寂が訪れる瞬間、蝋燭のシャンデリアが無数に降りてくるシーンへのオマージュであろう。
そんな光と影の経験は、「先進社会での奇跡の文化的影響力」なる、パルテノぺの論文の下地になったようだ。「人類学」を研究していくパルテノぺは、その機知に富んだ受け答えと学問へのたゆまぬ好奇心によって、マロッタ教授(シルビオ・オルランド)の信頼を得ていく。ナポリ大学にて彼の助手となると、学生の試験も担当する。女性の視点から、学業を全うできなそうな女子学生に温情的な措置をとるシスター・フッド的な描写は、教授の思慮をすら超えた知性と優しさの発露である。