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『パルテノペ ナポリの宝石』パオロ・ソレンティーノがフェリーニ印を散りばめ描いた、ナポリという街

©2024 The Apartment Srl - Numero 10 Srl - Pathé Films - Piperfilm Srl

『パルテノペ ナポリの宝石』パオロ・ソレンティーノがフェリーニ印を散りばめ描いた、ナポリという街

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パオロ・ソレンティーノが試みたナポリの表現



 ナポリの宗教的象徴である「聖ジェンナーロの奇跡論」を完成させるため、ナポリ大聖堂でテゾローネ神父(ペッペ・ランツェッタ)に密着取材するパートも、非常に興味深い。教皇の座を求める大教会の聖職者でありながら、色と欲にまみれたテゾローネのキャラクターは、本国イタリアで物議を醸すことになったようであるが、一方でこの神父、独自の視点からパルテノぺの人間性を、「母性に付きまとわれ逃げ出した」と、鋭く見抜いてもいる。そう、彼女は結婚して子どもを何人も産んで、典型的な“イタリアの母”になることもできただろう。しかし神父の言う「他の全て」を選んだのだと。


 神父の涜神的行為のピークは、裸に宝石で飾られたパルテノぺに聖ジェンナーロの「聖遺物」を着せて楽しむ箇所である。このように聖なる法衣を愚弄するかのような表現は、『フェリーニのローマ』における「教会ファッションショー」のパートへのオマージュだと考えられる。さらに二人の性的な繋がりは、聖ジェンナーロが遺した骨から染み出し凝固した血液が融解する、いわゆる「聖ジェンナーロの奇跡」を誘発する。神聖な行為とは真逆にも思える行為によって奇跡が起こる展開は、皮肉ながらも何か人智を超えた、奇妙な境地を感じさせるところがある。


 そんな、常識では理解し難い、名状すらし難いナポリの姿は、マロッタ教授の“ある秘密”にも共通するものだ。どう思えばいいのか、何を感じれば良いのかも分からないが、ただその場所に存在する人物は、「聖ジェンナーロの奇跡」同様に、“理解に先立つ本質”として、実存主義的にナポリの街の側面を象徴する。そして、“奇跡”について長年考えてきた教授は、そんな現実を「見ること」が人類学の核心であり、「全てを失ったときの最後の可能性」であると述べるのだ。



『パルテノペ ナポリの宝石』©2024 The Apartment Srl - Numero 10 Srl - Pathé Films - Piperfilm Srl


 時代は進み、かつての教授のように、パルテノぺもまた年を取り退官の日を迎えた。老境のパルテノぺを演じるのは、ステファニア・サンドレッリ。若さを失い、知の世界からも放り出された彼女は、一人で思い出のカプリ島に渡り、あの海を眺める。しかし、伝説の存在としてナポリの海と繋がっていた、あのときの感覚は、もはや彼女には存在しない。昔の自分を思い出し、「私は何を考えてたの?」と問いかける。あの頃の自分は、ナポリそのものだったはずなのに。このようにパルテノぺは、フェリーニの『カサノバ』で“稀代の性豪”として称えられ、数々の女性遍歴を重ねながら、晩年は寂しく見る影もなくなったジャコモ・カサノヴァ(ドナルド・サザーランド)のように、かつての霊的な破壊力が失われた存在となっているのだ。


 ラストシーンでは、そんな彼女の前に、ルミナリエに輝くサッカーチームの山車の姿が現れる。賑やかに騒ぐパレードだが、夜道の街路には誰もいない。そんな幻想的な光景は、まるで彼女一人のためだけに祝祭を開いているかのようである。この印象的なラストシーンも当然、フェリーニ映画のオマージュである。『カビリアの夜』(57)のラストシーンでも、失意のなかにいる娼婦カビリアが、たまたま出くわしたパレードの一団に勇気づけられ、希望を見出す表現があった。ここでパルテノぺも、まさに教授の言っていた「最後の可能性」である「見ること」によって、再度奇跡に触れることになるのである。


 ナポリという街を、そして街が持つ奇跡の力を、一人の女性に託して描くという大胆かつ古典的な芸術的な試みを、ここまでの規模で映画にできるのは、現代においてパオロ・ソレンティーノ以外にはないだろう。しかし、だとはいえ最初から最後まで、こんなにもフェデリコ・フェリーニという幻想と映像詩を操る巨人の肩の上に立つことが許されるのか、といった疑問が出るのも当然である。同じくフェリーニ監督を尊敬する筆者にも、それは分からない。ただ、その高い視点から見るナポリの街の姿を観て、パルテノぺのように、現代に再構築された“奇跡”を垣間見るだけである。



文:小野寺系

映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。

Twitter:@kmovie



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