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『マルティネス』老いという視点を超えて、孤独と変容を優しく包む物語

© 2023 Lorena Padilla Bañuelos

『マルティネス』老いという視点を超えて、孤独と変容を優しく包む物語

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 彼の名は、マルティネス。チリ生まれでメキシコに暮らす還暦の異邦人である。


 毎朝、決まったルーティンに添って規則正しく支度を済ませ出勤し、職場では自分のペースを崩されることを何よりも嫌い、常に気難しそうな表情と最小限の口数で職務を全うする。人との交流はほぼ皆無。身の回りには友人と呼べる付き合いや、家族の影すら見当たらない。一言で言って孤独だ。しかし彼は悔いるどころか、むしろ自らの生活に閉じこもるのを良しとするかのように、誰からも侵食されることなく日々を重ねている。それはこれからもずっと続く日常かと思われた。ある日、下の階の住人の孤独死と、職場での肩叩きという、決定的な二つの出来事に見舞われるまではーーー。


 このあらすじをひと目見ると、ああ、よくある孤独な老人の心情を謳った作品なのだな、と感じるはず。現に我々は、これまでトム・ハンクスが初老の男を演じる『オットーという男』(22)や、テレンス・スタンプが持ち前の気難しそうな表情で合唱団のメンバーに加わる『アンコール!!』(12)のような作品に山のように触れてきたし、いわゆる「アルプスの少女ハイジ」で”気難しさ”からの変貌を遂げる「アルムおんじ」のような典型的なタイプも数多く見慣れてきた。



『マルティネス』© 2023 Lorena Padilla Bañuelos


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老いを描きつつ、それを超えてゆく



 もちろん、本作においても”老い”は相変わらず大きなテーマである。本作で監督デビューを果たし、ミランダ・ジュライの作品群を愛してやまないというロレーナ・パディージャは、聞くところによると、まず第一に自分の父親をモデルに据えてマルティネスという役柄を書き上げたという。


 パディージャ監督から見た父親は、「男性優位主義」という固定観念を引きずりつつ、「何も感じなければ、傷つくことはない」として外の世界から頑なに身を守ってきた人だとか。そんな父のことを糾弾するのではなく、むしろ手を伸ばして理解し、探求しようとするかのように、本作はミニマルに織り成された生活リズムの中へ、柔らかくユニークな光を差し込ませていく。


 そういった中で、我々は不意に、”老い”は本作の構成要素のほんの一部に過ぎないと気づくだろう。これは何も高齢者に限った話ではないのだ。人は究極的にひとりぼっちの孤独な生き物であり、それを受け入れて孤独に埋没するか、逆にあらがって他者との繋がりを強く希求するかは、まさにその人次第。ただし、ここで重要なのは、たとえどんな生き方を選んだとしても、決してそれは”絶対”ではないということ。何かしらの気づきやターニングポイントをきっかけに、その生き方を変えようとすることはできるはずである。




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