
Courtesy of TPS Productions / Focus Features © 2025 All Rights Reserved.
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』ウェス・アンダーソンがたどり着いた静かな祈り、天国を共に歩くために
2025.09.23
父と娘になるための“同意”
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』は、“同意”に関する映画だ。世界各地の有力者から資金を得るための“同意”。そして父と娘が家族になるための“同意”。ザ・ザとリーズルの間には“契約書”が存在する。ザ・ザはリーズルを「試用期間」として世界中に連れていく。しかし「試用期間」の間、資質があるのか試されているのは、間違いなくザ・ザの方である。この男性を自分の父親として認めるべきか否か。どんなときもポーカーフェイスを崩さないリーズルは、ザ・ザを慎重に見定めている。まさしく“交渉”する女だ。あなたを父として認められるだけの“同意”がそこにあるのか否か。懐にナイフを隠し持っているリーズルは、いざとなれば非情な判断を下せる女性だ。いつも不機嫌に見える修道女を演じたミア・スレアプレトンの、彫刻的とも絵画的ともいえるパフォーマーとしての重厚感がとにかく際立っている。リーズルのベッドルームの壁に飾られたオーギュスト・ルノワールの絵画「青い服の子供(エドモン・ルノワール)」の少女が、そのまま動き始めたような感動を覚える(本物の絵画が使用されている)。
ザ・ザはベニチオ・デル・トロのために書かれた役だ。「私に人権は必要ない」と言うザ・ザは、『フレンチ・ディスパッチ』でベニチオ・デル・トロが演じた囚われの芸術家モーゼス・ローゼンターラーとキャラクター的な因果関係にある。犯罪と芸術の関係。世界の反逆者であること。死を恐れていないこと。手に負えない大型犬のような獰猛なキャラクターであること。大きな体に少年のような瞳を備えたザ・ザは、オーソン・ウェルズのような“冒険者”である。ザ・ザは『 秘められた過去』(55)でオーソン・ウェルズが演じた大富豪アーカディン氏によく似ている。ザ・ザというキャラクターにドナルド・トランプのイメージを重ねる意見もあるようだが、ウェス・アンダーソンはこの意見を否定している。ウェス・アンダーソン曰く、ドナルド・トランプには道徳的指針が備わっていないが、ザ・ザにはある。まったくそのとおりで、ザ・ザの軽快な決め台詞のひとつは「レッツ・コミュニケート」である。ザ・ザは目の前で銃を構えるテロリストにもこの決め台詞で対応している。“同意”を探っている。その意味でザ・ザは、反トランプ的なキャラクターといえる。
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』© 2025 TPS Productions, LLC. All Rights Reserved.
本作の撮影に入る前、ウェス・アンダーソンとベニチオ・デル・トロ、ミア・スレアプレトン、そして家庭教師役ビョルンを演じるマイケル・セラは2週間のリハーサルを行っている。演技に関するかなり自由な試行錯誤が行われ、ウェス・アンダーソンの撮影現場で恒例になっている毎晩の夕食会では、次の日につなげるための更なる議論が行われていたという。俳優の“同意”を得るための議論がここにはある。ウェス・アンダーソンが待ち望んでいたマイケル・セラの演技には、昔から出演していたかのような、すべてを把握している魔法のような感覚があり、完璧な配役といえる。ウェス・アンダーソンがウィーザーのファンであることはよく知られているが、マイケル・セラはウィーザーのアルバムに参加したこともある。こうしてウェス・アンダーソンのフィルモグラフィー史上、最高ともいえる3人組が生まれた。また、バスケットボールのシーン(!)におけるトム・ハンクスの楽しそうな演技が象徴的だが、本作にはすべての俳優の演技に楽しくて胸が躍っているような感覚が伝わってくる。ちなみに“即興”というテーマについて質問されたウェス・アンダーソンは、“即興”はないが、映画制作のすべてのプロセスが“即興”といえると答えている。