『天才マックスの世界』あらすじ
ラッシュモア校に通う少年マックスは、人並み外れた才能を持っている。しかし課外活動の掛け持ちが忙しく、落第を繰り返す落ちこぼれになっていた。そんな彼が、ある日学園の美人教師に恋をする。彼女を振り向かせるため、マックスは奇想天外の行動に出るのだった。
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故郷へのさよなら
『天才マックスの世界』(98)は、ウェス・アンダーソンの最初の傑作として位置づけられている。完全な無名人になる勇気を持てない自分にうんざりしている、まるでサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の世界から出てきたような、本作の主人公マックス・フィッシャー(アルノー・デプレシャン監督はウェス・アンダーソンを“アメリカ映画にとってのサリンジャー”と形容している)。マックスは成績不振と問題行動により私立の名門ラシュモア高校を退学寸前だが、課外活動で異様な才能を発揮する15歳の少年だ。このマックスというキャラクターの造形は、ウェス・アンダーソン自身、そして共同脚本を手掛けたオーウェン・ウィルソンの子供時代をマッシュアップしたものだという。
母校セント・ジョンズ高校で撮ったことでも明らかなように、本作にはウェス・アンダーソンの自己言及性が、その後のどの作品よりも色濃く刻まれている。次回作であり、ウェス・アンダーソンへの評価を決定的なものにした『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(01)が、ウェス・アンダーソンの言葉でいうところの“想像上のニューヨーク”を舞台にしているならば、『天才マックスの世界』はウェス・アンダーソンが生まれ育った故郷への“さよなら”を告げる決意の作品だったといえよう。本作以降のウェス・アンダーソンは、世界各国を股にかける壮大な冒険の旅に出てしまうからだ。
『天才マックスの世界』予告
栄光は色あせる
『天才マックスの世界』のアイデアは長編デビュー作『アンソニーのハッピー・モーテル』(96)以前からあったものだという。少年時代のウェス・アンダーソンは、マックスと同じく学業不振だった。問題児と認識されていたウェス・アンダーソンは、当時の担任の教師との間で、ある取り決めに同意する。一週間問題を起こさなければポイントをつけていく、ポイントが貯まったら学校で自作の劇を上演してよいという取り決めだ。
天才少年マックスは何より演劇に打ち込んでいる。マックスはかつて天才と持てはやされていたであろうラシュモア高校の卒業生ブルーム(ビル・マーレイ)と出会う。ラシュモア高校に講演にやってきたブルームは、「金持ちを狙い打て」と生徒たちに語りかけ、マックスだけが彼に拍手を送る。マックスはブルームに憧れ、ブルームはマックスにかつての自分を投影している。キラキラしたマックスの瞳と人生への諦念が滲むブルームの瞳。15歳の秋の儚さ。成功への渇望と世の中に服従しないことへの共感。25年後にジェイソン・シュワルツマンを主演に迎えた『アステロイド・シティ』(23)に至るウェス・アンダーソン映画のコアが、本作には表出されている。
『アステロイド・シティ』のオーギー(ジェイソン・シュワルツマン)は、本作のブルームと同じように無力な中年男性だった。一方、全米から集められた天才少年少女たち=スターゲイザーは、大人たちに脅威を与える存在でもあった。大人のように振る舞う子供と子供っぽい大人という構図は、ウェス・アンダーソンのフィルモグラフィー全体を貫いている。そして本作のマックスの台詞にある「栄光は色あせる」という言葉には、ウェス・アンダーソンが愛情を注ぐ最大のテーマが内包されている。