演劇
「5分程度の演劇をたくさん作りました。そしていま自分がしていることは、漠然とですが、ある意味彼女(当時の担任の教師)が奮い立たせてくれた、その時からの何かを続けているような気がしています」(ウェスアンダーソン)*1
『天才マックスの世界』は、マックスの天才ぶりが賞賛される夢のシーンから始まる。『大人は判ってくれない』(59)への明確なオマージュ。教室にいる生徒たちを背中越しに右から左へ捉えていくカメラの動きを反転させ、『天才マックスの世界』では左から右へとカメラを動かしていく。この夢のシーンは、舞台のカーテンという“演劇”の幕が開けるところから始まる。現実世界のどこからどこまでが演劇、または演技の世界なのか?『アステロイド・シティ』にも通じる入れ子状の物語構造の萌芽が見てとれる。この冒頭の夢のシーンに限らず、マックスと演劇の関係は『アステロイド・シティ』の有名女優ミッジ(スカーレット・ヨハンソン)の「演じたことはあるけど、経験がないの」という台詞と共鳴している。経験。それは子供のマックスになく、大人のブルームにあるものでもある。
『アステロイドシティ』予告
校内新聞、フェンシング、レース、養蜂、そして演劇。ブリティッシュ・モッズバンド、ザ・クリエイションの「メイキング・タイム」にのせて、ジャンルを超越したマックスの課外活動の履歴が矢継ぎ早に紹介されていく。思い出のアルバムをめくるショットから始まるこの一連の編集は、まさしくウェス・アンダーソンによる作家の刻印に他ならない。その後のウェス・アンダーソンは、一冊の本や日記をめくることから多くの物語を始めている。本作には後に『ライフ・アクアティック』(04)でモチーフにされることになるジャック=イヴ・クストーの書籍が登場するだけでなく、『ムーンライズ・キングダム』(12)で印象的に演出される手紙の朗読、「ディア、スージー」、「ディア、サム」の言葉のリズムが既に用意されている。マックスの赤いベレー帽は、『ムーンライズ・キングダム』の少女スージーのベレー帽を思わせる。