ひたむきな初恋
少年時代のウェス・アンダーソンも年上の女性に片思いを寄せていたという。『天才マックスの世界』のマックスが寄せる女性教師ローズマリーへの片思いは、そのひたむきさが胸を打つ。マックスは基本的に傲慢な少年で、父親の職業を脳外科医と偽っていることなどから、自分を大きく見せようとする傾向が強い(理髪師の父親役を演じるのは偉大なるジョン・カサヴェテス映画の常連俳優、シーモア・カッセル!)。恥ずかしさを隠すための子供ならではのウソといえる。マックスはローズマリーの前で大人のように振る舞うが、自分が恋愛対象になりえないことをすぐに知る。挫折を察したマックスは、それでもローズマリーのために奮闘する。これは紛れもなく彼にとって初めての恋なのだ。ラシュモア高校の卒業生エドワードと結婚したローズマリーは、夫と死別している。マックスはローズマリーを恋愛対象として見ているだけでなく、彼女の中に失った母親の影を見ているのかもしれない。
『天才マックスの世界』(c)Photofest / Getty Images
マックスはローズマリーのために水族館を作ろうと計画する(頼まれてもいないのに)。ローズマリーとの水槽のシーン、そして水族館の起工式のシーンで、ウェス・アンダーソンのトレードマークといえる横移動撮影が披露される。起工式のシーンの横移動は、撮影当日に雨でグラウンドがぐしゃぐしゃになっていたため撮影することができず、代わりに観客席を撮ったという偶然の選択だった。しかしこのシーンによって、ウェス・アンダーソンは横移動の撮影に執着を覚える。起工式の横移動撮影とマックスの演劇のシーンにおける二つの撮り方が、その後のウェス・アンダーソンの様式を技術的に決定付ける。同時にこの起工式のシーンは、ウェス・アンダーソンがこよなく愛する『がんばれ!ベアーズ』(76)を想起させる。これらに加え、MTVムービーアワードのCMのために『天才マックスの世界』のキャストが集められた映像作品を加えると、ウェス・アンダーソンのフレーミング美学が完成形に至ったことがよく分かる(筆者はウェス・アンダーソンの撮ったMTVムービーアワードのCMをこよなく愛している)。
「MTVムービアワード」CM
マックスの提案する水族館の建設事業に気前よく小切手を切ったブルームの姿に、ウェス・アンダーソンの才能に賭けたビル・マーレイのイメージが重なる。しかしブルームがローズマリーに恋をすることで、年齢差を超えた友情は三角関係の争いになっていく。かつて映画評論家ポーリン・ケイルは、ビル・マーレイの演技を「根本的に信用できないと思わせる」と絶賛した。そしてポーリン・ケイルは、ウェス・アンダーソンがこよなく尊敬する人物だ。