1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. ザ・ザ・コルダのフェニキア計画
  4. 『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』ウェス・アンダーソンがたどり着いた静かな祈り、天国を共に歩くために
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』ウェス・アンダーソンがたどり着いた静かな祈り、天国を共に歩くために

Courtesy of TPS Productions / Focus Features © 2025 All Rights Reserved.

『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』ウェス・アンダーソンがたどり着いた静かな祈り、天国を共に歩くために

PAGES


主よ、人の望みの喜びよ



 『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』は、ウェス・アンダーソンのフィルモグラフィーにおいて、もっとも死の影が漂っている作品だ。ザ・ザは何度も死にかける。その度に天国の入り口のような場所で裁判にかけられる。白黒画面。6度目の暗殺未遂後の天国のシーンで、隣に座る祖母はザ・ザのことを認識できない。棺が開くと、少年時代のザ・ザと思われる人物が不意に目を覚ます。“再生”である。ザ・ザには再び人生を生き直すチャンスが与えられる。輸血のシーンも“再生”と強く結びついている。ザ・ザは天国においても現世においても父親であることの資格を問われる。その意味でリーズルがザ・ザに2度もビンタをくらわすコミカルなシーンは出色だ。すべてを箱(靴箱)の中に収めようとするコントロール・フリークが、娘に容赦なく罰せられる。このビンタシーンはザ・ザの主観ショットで撮られている。横殴りのビンタをされたザ・ザの視界は、海軍王マーティ(ジェフリー・ライト)が無表情で見つめている顔を捉える。マーティの表情はザ・ザを憐れんでいるようにも見える。リーズルは父親に“再生”のチャンスを与える。


 ウェス・アンダーソンのほとんどの映画がそうであるように、物語はドタバタの破局を迎える。それはバスタブに浸かり優雅に傷跡を癒すザ・ザを俯瞰で捉えた、完璧なタイトルシークエンスと呼応している。スクランブルエッグとシャンパン、大理石のバスルーム。看護師たちがバレエのように美しく動くショットが、不吉な赤に染まる。6度目の暗殺未遂ですべては終わらず、物語が進む度にザ・ザの身体は傷だらけになっていく。傷だらけになる度に“再生”する。マルセイユ・ボブ(マチュー・アマルリック)の経営するレストランで。墜落事故後のジャングルの中で。そしてリーズルと同じ瞳を持つ、ザ・ザの異母兄弟ヌバルおじさん(ベネディクト・カンバーバッチ)が待つ宮殿で。



『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』© 2025 TPS Productions, LLC. All Rights Reserved.


 あらゆる破局の果てに何が生まれるのか。父親は娘に何を残すことができるのか。ザ・ザの壮大な“計画”は、コントロール不能になった瞬間に誰一人思いもよらなかった真実を浮かび上がらす。そこにはリーズルが幼い頃から心がけてきたであろう、小さな望みの中に喜びを見つける生活がある。『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』は、静かな祈りのような映画だ。この世で出会った愉快な仲間たちと天国を共に歩くための映画だ。だからこそ、この映画にはウェス・アンダーソンの恩人ビル・マーレイを欠かすことができなかった。リーズルがザ・ザからプレゼントされた宝石のように美しいナイフとパイプを手放すことはないだろう。ザ・ザはいつの日かリーズルを手放さなければならないだろう。最果ての地に響く「主よ、人の望みの喜びよ」。私たちは再びここからすべてを始めることができるだろうか?ようやくたどり着いたささやかな灯の中で、この映画はそう問い続けている。



文:宮代大嗣(maplecat-eve)

映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。



『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』を今すぐ予約する↓




作品情報を見る



『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』

TOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイント他 全国ロードショー中

配給:パルコ ユニバーサル映画   

© 2025 TPS Productions LLC & Focus Features LLC. All Rights Reserved.

PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. ザ・ザ・コルダのフェニキア計画
  4. 『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』ウェス・アンダーソンがたどり着いた静かな祈り、天国を共に歩くために