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『キス・ザ・フューチャー』戦禍の中で希望を繋いだ音楽の力

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『キス・ザ・フューチャー』戦禍の中で希望を繋いだ音楽の力

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 映画製作者で俳優でもあるマット・デイモンは、とあるインタビューの中で「最高のドキュメンタリー作品とは、人を魅了する要素を持ちながら、同時に挑戦的で、情報に富み、人々をインスパイアするものだと思う」と語っている(*1)。なるほど、彼が親友のベン・アフレックと2023年にプロデュースしたドキュメンタリー『キス・ザ・フューチャー』はまさしくこの言葉どおりの多層的な魅力を持った秀作だ。



『キス・ザ・フューチャー』あらすじ

銃弾が飛び交う危険なボスニア紛争中、若者たちは解放を求め夜な夜な地下で行われていたパンクロックライブに熱狂していた。そんな彼らにとって世界的アーティストで戦争や人権など社会的なメッセージを発信していたU2は憧れの存在だった。ある日、アメリカの援助活動家のビル・カーターはU2をサラエボに招くことを思いつく。U2はサラエボ行きを決意するが、安全面の観点から断念。であればと、ビルは衛星中継で戦火のサラエボからの様子をU2のZOO TVツアーに届けることに成功する。そして約束通り、戦後しばらくしてU2がボスニアで行った平和と民族の融和のためのライブは、人々に強烈な印象を残すことになる。世界各地で戦争が絶えない今、U2のメッセージは時代を超えて私たちの心を震わせる。


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戦火のサラエボで人々の支えとなった音楽シーン



 30年前のボスニア紛争と聞いて、どんな状況が思い浮かぶだろうか。本作はその中でも1990年代のボスニア首都、サラエボに焦点を当てる。昔から様々な人種、宗教が共存していたこの街。しかし民族主義を掲げるセルビア人勢力によって包囲され、絶え間ない砲撃をさらされ始める。これは「サラエボ包囲」と呼ばれ、市民たちは数年間に渡って、死と共にある地獄のような期間を過ごすことになる。


 だがここで市民の間に興味深い音楽シーンが生まれる。彼らの中には怒りや苦しみ、悲しみを抱えつつも夜な夜な命がけで地下のライブ会場へと向かい、そこでパンク・ロックの演奏を一身に浴びることで、生きるエネルギーへと変える人々が数多く存在した。世界の視点が届かないところで、芸術や音楽が人々の心を一つに結束させていたのである。



『キス・ザ・フューチャー』©Bill Carter


 言うまでもなく、当時はまだネットがスムーズには繋がってはいない。私たちはニュース番組で報道特派員が命がけで伝える映像や情報を通じてしか、現地の状況を窺い知る術がなかった。そんなおり、MTVの番組でロックバンドU2のボノが、サラエボの現状に触れるメッセージを視聴者に投げかける。


 現地で人道支援を行っていたアメリカの援助活動家ビル・カーターはこれを観て「我々はまだ見捨てられていない!」と心震わせたという。その後、ビルはサラエボのTV局を介してボノに単独インタビューを申し込み、ボノはこれを快諾。ようやく実現した出会いの中で「いつかサラエボでライブを開催してほしい」「ぜひやりたい」という言葉をかわすのだが…。


 こうした一つのきっかけが、U2の巨大スクリーンを使用した「ZOO TVツアー」内での衛星回線を用いたサラエボとの同時中継、さらには1997年、戦後のサラエボで開催された4万5千人もの観客を前にした平和と民族融和のためのライブに繋がっていく。本作はその模様を、この時代を生きた様々な人々の証言を通じて、タペストリーのように織り成した一作だ。




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