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『ワン・バトル・アフター・アナザー』PTA映画における新たな父性のかたち ※注!ネタバレ含みます
2025.10.07
擬似家族の系譜から〈フレンチ75〉へ
ポール・トーマス・アンダーソンのフィルモグラフィーを振り返ると、常に共同体の姿が変奏されてきたことがわかる。
『ハードエイト』(96)では、孤独な青年が老ギャンブラーに助けられ、父と子のような絆を築くことで居場所を得る。『ブギーナイツ』では、ポルノ映画の撮影チームという仲間たちが、一時的に“家族”のように支え合うが、享楽と時代の波にのまれてバラバラになっていく。
『マグノリア』では、父親との関係に傷を抱えた人々が偶然の出会いを通して癒やしを探し求め、血のつながりを超えたつながりの可能性が描かれている。つまりPTAの映画に登場する共同体は、父がいない、あるいは父がうまく機能しない世界で、その空白を埋めるように現れてきたのだ。
こうしたテーマは中期以降の作品にも続く。『ファントム・スレッド』のアトリエは、デザイナーが絶対的な権威を持つ家族のような場所だが、そこに女性が入ってくることで、関係性は一方的な支配から、お互いに支え合う形へと変化していく。『リコリス・ピザ』(21)では、血のつながりに頼らずに集まる若者たちの自由なネットワークが描かれ、70年代という移り変わりの時代に、新しいつながりのかたちが模索されていた。
『ワン・バトル・アフター・アナザー』©2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.
そして『ワン・バトル・アフター・アナザー』に登場する革命組織〈フレンチ75〉も、この流れの延長線上にある。彼らは「革命」という幻想を核に結びつきながら、互いを拠り所とし、時代から取り残された者同士が寄り集まる疑似家族だ。その姿は、『ブギーナイツ』のポルノ映画クルーと驚くほど響き合う。性愛の幻想のもとで一時的にきらめきながらも、やがて歴史の荒波に呑み込まれた彼らと同じように、〈フレンチ75〉もまた革命という幻想のもとに結集し、裏切りと暴力の連鎖によって崩壊へと追いやられるからだ。
しかし決定的に異なるのは、その後の物語の担い手だ。『ブギーナイツ』では、崩壊した共同体の後に再び立ち上がるのは、マーク・ウォールバーグ演じる主人公だった。だが『ワン・バトル・アフター・アナザー』では、無力なボブではなく娘ウィラが主体となり、母の裏切りと対峙する。ここでPTAは、共同体の終焉を描くだけでなく、そこから新しい世代が新しい物語を紡ぎ出す瞬間を描き出す。
つまり〈フレンチ75〉は、PTAが繰り返してきた“共同体の映画史”の総決算であると同時に、その先へと進むための装置でもある。崩壊した擬似家族の残骸から、新しい世代が未来を切り開く…そこにこそ、本作の希望がある。だからこの映画は最高なのだ。
『ワン・バトル・アフター・アナザー』は、世代交代を告げる壮大なクライム・バラードであり、映画史に刻まれる新たなマスターピースだ。これほどの映画を届けてくれたポール・トーマス・アンダーソンには、もはや感謝の言葉しかない。サンキュー、センセイ。サンキュー!
(*)https://www.theguardian.com/film/2003/jan/27/artsfeatures1
文:竹島ルイ
映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。
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配給:ワーナー・ブラザース映画
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