『ロバと王女』あらすじ
病床の王妃は夫である王に「再婚するなら自分よりも美しい女性を選ぶように」と言い残して死んでしまう。残された王が選んだのは何と実の娘である王女だった。困った王女は妖精に相談し、様々な無理難題を突き付ける。しかし王は全てを受け入れロバを殺して王女に与えてしまう。王女はロバの皮をかぶって城から逃げ出すが……。
Index
魔法にかけられて
シャルル・ペローによる童話「ロバの皮」を元にする『ロバと王女』(70)は、ジャック・ドゥミにとってフランス国内における最大のヒット作だ。王女(カトリーヌ・ドヌーヴ)が纏う“空色のドレス”、“月のドレス”、“太陽のドレス”の煌びやかさ。レシピを歌いながらケーキ作りをするシーンの楽しさ。デルフィーヌ・セイリグが演じるリラ=ライラックの妖精の策略。宝石のフンをするロバの可愛らしさ。ヒキガエルを口から吐く魔女のようなキャラクターの不気味さ。なによりロバの皮をドレスのように纏う王女のメルヘンぶり。カトリーヌ・ドヌーヴは、この映画の制作にとても意欲的だった。多くの魅力的な童話に様々な解釈が可能であるように、ある種の残酷さが潜んでいるのを感じていたという。
ジャック・ドゥミやカトリーヌ・ドヌーヴがシャルル・ペローの原作に強く惹かれたように、『ロバと王女』は現在でも多くの熱烈なファンを生み続けている。たとえばジョニー・デップとヴァネッサ・パラディの娘としてフランスで育ったリリー=ローズ・デップは、小さい頃に『ロバと王女』に魔法をかけられた一人であり、様々なインタビューでこの作品をフェイバリット作品に挙げている。「あのドレスのためなら何でもする!」。幼い頃のリリー・ローズ・デップは、そう思ったという。この映画には人々に魔法をかける不思議なオーラがある。『シェルブールの雨傘』(64)や『ロシュフォールの恋人たち』(67)が、魔法のような映画であり続けているのと同じように。
人形劇に夢中だった子供時代のジャック・ドゥミは、友人たちのために「ロバの皮」を上演している。童話的な要素はジャック・ドゥミのフィルモグラフィーの中心にある。屋根裏部屋で撮った子供時代の習作は、ダンボールの人形で作ったストップ・モーションアニメだった。カトリーヌ・ドヌーヴ演じるヒロインが王冠をかぶせられるシーン等、『シェルブールの雨傘』には、あきらかに童話を意識した形跡がある。『ロバと王女』はジャック・ドゥミが初めて撮ったメルヘンであり、この路線は翌年に発表される『ハメルンの笛吹き』(71)へ続いていく。
パートナーのアニエス・ヴァルダと共にアメリカに渡っていたジャック・ドゥミは、アンディ・ウォーホルやアメリカのアンダーグラウンド映画に感銘を受けている(アメリカのポップカルチャーとの交流といえば、『ロバと王女』の撮影現場にはドアーズのジム・モリソンが見学に訪れている!)。『ロバと王女』はフランスのシュルレアリスム、なによりジャン・コクトーの芸術が、アメリカのポップアートやサイケデリック・アートと出会ったような作品だ。ジャン・コクトーもアンディ・ウォーホルもクィアの芸術家であることが更に興味深い。青い国の王様役に『美女と野獣』(46)のジャン・マレーが起用されていることだけに留まらず、この映画にはジャン・コクトーの芸術へのリスペクトが溢れている。