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『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』スプリングスティーンが栄光の狭間で見せた、自己に向き合う内面の旅

©2025 20th Century Studios. All Rights Reserved.

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』スプリングスティーンが栄光の狭間で見せた、自己に向き合う内面の旅

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音楽に精通した監督と、旬の名優陣による人物探究の説得力



 本作の監督を務めたのは、俳優出身でもあるスコット・クーパー(1970年生まれ)。彼もまた『ネブラスカ』の深い魅力に取り憑かれたひとりだ。クーパーの監督デビュー作『クレイジー・ハート』(09)は、落ちぶれた中年カントリーシンガーを描く音楽映画の名編であり、ぜひ『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』と併せて観て欲しい一本。酒に溺れ、ドサ回りの日々を送る主人公バッド・ブレイクの前に、シングルマザーの記者ジーンが現れる。彼女との出会いが失われた人生への希望を灯す。音楽と人との絆が彼を再生の道へと導いていく――。ジェフ・ブリッジスが圧倒的な存在感で演じる哀愁と贖罪。雄大なアメリカの風景と、T=ボーン・バーネットによる珠玉の音楽が心に響く。2010年3月に催された第82回アカデミー賞では主演男優賞と歌曲賞の2冠に輝いた。


 『クレイジー・ハート』と『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』は、両方とも音楽を通じて孤独な魂の再生を描く物語だ。バッド・ブレイクは過去の栄光と酒に溺れた日々から抜け出そうとし、スプリングスティーンは成功の重圧と過去のトラウマに向き合う。そして年代記ではなく、“人生の転機”を切り取る構成を採用。人生の重要なターニングポイントに焦点を当てることで、人物の本質を浮かび上がらせる語りの手法が共通している。


 主演はジェレミー・アレン・ホワイト(1991年生まれ)。ドラマシリーズ『一流シェフのファミリーレストラン』(22年~)でプライムタイム・エミー賞主演男優賞やゴールデングローブ賞男優賞を受賞した彼は、ギターやハーモニカの演奏、歌唱トレーニングを経て、若き日のスプリングスティーンに肉薄する演技を見せる。劇中の楽曲はすべて彼自身が歌唱し、『ネブラスカ』収録曲では演奏も担当。ただし今回の彼の芝居は、モデルとなったミュージシャン本人にルックスも発声も似せていく――いわゆる音楽伝記映画の主流である物真似芸的なアプローチに一石を投じるものと言えるだろう。そもそも顔立ちがスプリングスティーンに似ているわけでもなく、体型も本人よりかなり小柄だ(ホワイトの身長は公称170cmで、スプリングスティーンは177cm)。ホワイトが目指したのは表面的な再現ではなく、スプリングスティーンとの魂の同期であり、“演じる”ことを通した人物探究の説得力に満ちている。



『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』©2025 20th Century Studios. All Rights Reserved.


 当時のスプリングスティーンが影響を受けた文学や音楽も物語に深みを与える。フラナリー・オコナーの小説や、スーサイド(米NY出身の伝説的なアートパンクユニット)の「フランキー・ティアドロップ」(この楽曲が収録された1977年のアルバム、スーサイドの『Suicide』は先述のRS誌オールタイムベストで498位)。そして先述したテレンス・マリック監督の『バッドランズ』等々──それらは彼の創作の背景としてさりげなく映画に登場し、音楽の奥行きを照らす。


 脇を固める俳優陣も秀逸だ。スプリングスティーンの親友であるマネージャー、ジョン・ランダウ役を演じるのは、『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』(24/監督:アリ・アッバシ)のロイ・コーン役で第97回アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた当代きっての演技派、ジェレミー・ストロング。ランダウはもともとロック評論家で、「私はロックンロールの未来を見た。その名はブルース・スプリングスティーン」という、彼がリアルペーパー誌に寄稿した記事の鮮烈な一節はあまりに有名。1975年のサードアルバム『明日なき暴動』からはプロデューサーを務め、のちにマネージャーになった。長年にわたるスプリングスティーンの良き相棒であり最高の理解者だ。


 物語の鍵となるのが父親のダグラス・フレデリック・"ダッチ"・スプリングスティーン(1924年生~1998年没)の存在。劇中でダグと呼ばれる彼は、酒に酔うと人格が変わり暴力的になる。少年時代に植え付けられ、長期にわたる心の傷となった父との記憶は、モノクロームで綴られる1957年のフラッシュバック(スプリングスティーンは当時8歳)として何度も現れる。ダグを演じるのは、ドラマシリーズ『アドレセンス』(25~)でエミー賞主演男優賞を受賞したスティーヴン・グレアム。32歳になったスプリングスティーンが、ようやく息子として不器用な父親との絆を再構築する場面は静かに涙を誘う。『ネブラスカ』には「マンション・オン・ザ・ヒル」「ユーズド・カー」「僕の父の家」といった父親や家族との思い出を反映した楽曲も収録されているのだ。また劇中では父親と観に行った想い出の映画として『狩人の夜』(55)がフィーチャーされている。ロバート・ミッチャム演じる偽伝道師ハリー・パウエルの両手の指に刻まれた“LOVE”と“HATE”の刺青は、まさに父親への複雑な想いの象徴だろう。


 またこの映画の中で、ほぼ唯一架空の人物となるのがオデッサ・ヤング演じるフェイだ。『クレイジー・ハート』におけるマギー・ギレンホール扮するジーンに相当する立ち位置の彼女は、モデルとなる数人の女性像を合わせてスコット・クーパー監督が創作したキャラクター。旧友の妹であり、幼い娘を育てるシングルマザーであり、音楽好きの恋人としてスプリングスティーンと心を通わせる彼女の存在が、物語に温もりと切なさ、より味わい深い人間味を添える。




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