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『満江紅/マンジャンホン』チャン・イーモウの最先端であり集大成、中国で社会現象を起こした、歴史×政治×サスペンス
2025.11.26
次々と繰り出される“どんでん返し”
しかし、殺人犯よりも恐ろしいのは宰相・秦檜である。彼は、和平会談に出発する一刻のうちに犯人を見つけ出し密書を探し出さなければ、張大の命を奪うというのである。秦檜の側には耳の聞こえない二人の侍女が常に付き従い、軍政を司る総管・何立と副総管・武義淳も目を光らせている。
とくに何立は残忍な人物で、陰謀をめぐらせ拷問術にも長けている。抜け目のない秦檜と何立は共謀し、張大が事件を解決するとしても、やはり口止めのために殺した方がいいと結論づける。依頼者によって殺害されることが運命付けられている……ここまで出口なしの状況に追い込まれた探偵というのは、前代未聞である。

『満江紅/マンジャンホン』© 2023 Huanxi Media Group Limited(Beijing) and Yixie(Qingdao)Pictures Co., Ltd. All Rights Reserved.
しかし、ここからが本作の物語の真骨頂だ。こういった権力者たちは謀略をはかりながらも、保身や利益を何よりも優先させるという意味においては、ある意味単純な存在だといえる。ゆえに、その行動パターンを読みきり、常に先回りをすることで、絶体絶命の立場にあるとしても延命をはかることもできる。捜査という頭脳ゲームに加え、この“政治的立ち回り”を心がける二重の思考が求められるのである。そんな生き残りをかけた男たちの駆け引きに、妓女・揺琴も加わってくる。こういった水面下の頭脳戦、そしてそこで生まれる感情の機微こそが、本作最大の楽しみなのだ。
驚かされるのは、次々に明らかになる衝撃の展開により、ほんの数分前に信じていた足場が、次々にひっくり返されてしまう趣向だ。ここまでどんでん返しが連続しながら、それでも大枠の設定に破綻を生じさせず、物語を成立させられるという点は、これが歴史時代劇であるという特殊性を抜きにしても驚異的だといえよう。
ほぼリアルタイムで描かれる、夜明けまでの一刻。その緊迫感を盛り上げるのは、秦檜の邸宅を中心とした屋敷の連なりと路地。豪華絢爛な大道でなく、不気味に静まり返り曲がりくねった狭い空間を、登場人物たちが足早に進んでいく。この薄暗さと閉塞感がサスペンスを盛り上げる。また、スペースの問題から、秦檜の邸宅の中庭に整列する直属軍の精鋭と、路地に居並ぶ兵士、城外で交渉に同行する一般の宋軍とが分けられ、大軍が待機する構図のリアリティが圧巻だ。