© 2023 Huanxi Media Group Limited(Beijing) and Yixie(Qingdao)Pictures Co., Ltd. All Rights Reserved.
『満江紅/マンジャンホン』チャン・イーモウの最先端であり集大成、中国で社会現象を起こした、歴史×政治×サスペンス
2025.11.26
チャン・イーモウ自身の物語
そして最大のインパクトといえば、移動する度に断続的に流れる音楽である。現代的なリズムとベース音とともに繰り出される、中国の民族的な謡をラップ調にした金切り声のような歌が、全体の雰囲気に歴史的な時代性と鮮烈な新味を感じさせる。これは、「京劇」と並ぶ「中国5大演劇」の一つ、「豫劇(よげき)」を現代解釈したものだという。豫劇は、本作のタイトル「満江紅」の詩を詠んだ人物という説のある、悲劇の英雄“岳飛”の出身地である河南地方で伝えられる芸。アカデミックに洗練し発達をした京劇に比べ、情念がこもった節回しの“声”が特徴的だ。
これは、チャン・イーモウ監督のおこなってきた、中国の歴史を掬い上げる姿勢と、舞台演出で培ってきた感覚、現代の映画界におけるグローバリゼーションなどが融合した、まさにイーモウ芸術の最先端であり集大成でもある取り組みだといえる。前述したように、ここにさらに物語部分でジャンルとしての融合が加わっているのである。巨匠の経験と挑戦的な試みが同時に発揮された本作は、まさに丹念に打ち込まれ研ぎ澄まされた刃のようだ。

『満江紅/マンジャンホン』© 2023 Huanxi Media Group Limited(Beijing) and Yixie(Qingdao)Pictures Co., Ltd. All Rights Reserved.
一方でやや居心地の悪さを感じるのは、そのように切れ味ある演出を駆使しながら、本作の魂たる英雄・岳飛の忠節を描く部分や、登場人物の愛国心の表現、そして皇帝の権勢は、無条件で称揚、是認しているところだ。もちろん、佞臣や不誠実な宰相への厳しい目線には、さまざまな時代や現代にも響く普遍性があり、鋭い。しかしながら、その範囲は限定的であり、封建的な社会そのものは肯定する“英雄譚”へと収斂してしまうのである。ややもすると、その分かりやすさが、国内での大ヒットに繋がったのではないだろうか。
映画界にも強く及んでいる中国政府の権力の影響のなかで、上手く立ち回りながら充実した映画作品を世界に提供してきた巨匠、チャン・イーモウ。そのしたたかさや映画への熱い情熱は、本作の名探偵・張大のように政治的で、かつ情緒的なのである。ラストシーンで馬に乗り外へと出ていく、ある登場人物の描写は、そんなしがらみからの解放の願望にも見てとれる。そう見れば、『満江紅/マンジャンホン』はチャン・イーモウ自身の物語でもあるといえるのだ。
文:小野寺系
映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。
Twitter:@kmovie
『満江紅/マンジャンホン』を今すぐ予約する↓
『満江紅/マンジャンホン』
TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中
配給:Stranger、TWIN
© 2023 Huanxi Media Group Limited(Beijing) and Yixie(Qingdao)Pictures Co., Ltd. All Rights Reserved.