謎に満ちたホン・サンス流制作ノウハウとは?
実はホン・サンスは、自作の意図や構想、解釈などについて驚くほど何も語らない。その背景には、自身が何か言葉を発することで観客を縛ってしまう、という考えがあるようだ。
だが、いくつかの過去のインタビューを紐解くと、謎に満ちた作品づくりの一端が見えてくる。それによると、彼の作品では「まずキャスティングありき」。起用する俳優陣がインスピレーションの源となり、そこから自ずと物語が起動していく。監督は撮影前夜(以前は当日の早朝だった)に3~5時間かけて必要な脚本を書き上げるらしい。
俳優陣はその脚本を当日に渡され、1時間ほどでセリフや所作を頭にインプットしていく。なぜこれを前もってやらないのかというと、俳優に準備期間を与えずフレッシュな状態でいてもらうため。入念に準備すると、それが逆に彼らを縛ることになってしまうからだ。

『小川のほとりで』©2024 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
俳優陣が脚本の90パーセントほどを覚えると、そこから簡単なリハーサルが行われる。と言っても、簡単な方向性を確認する程度で、よっぽど俳優が間違ったアプローチを採らない限り、監督は何も言わない。セリフの解釈や登場人物の内面を含め、すべてはほぼ俳優に委ねられ、ホン・サンスは穏やかにそれを見守るのみ。とまあ、多少の変遷はあるだろうが、これが一般的によく知られるホン・サンスの制作手法だ。
「自由な雰囲気」と言えば確かにそうなのだが、この独特なスタイルに対応できる人材は少ないはず。だからこそ出演者は、監督の手法に慣れ、阿吽の呼吸でそれに応えられる、気心を知れた常連俳優ばかりになるのだろう。
こういった流れで進められていく一連の撮影。当然ながら、仕上がりはテイクごとに全くの別物となる。ある時はマイクが外の音を拾ってしまうこともあるが、それすら作品は偶然の宝物として受け入れる。ホン作品とは、まさに二度と繰り返すことのできない、奇跡の瞬間の集積なのだ。