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『ランニング・マン』予想外のリメイクを果たした80年代アクション、予見を超えたディストピア
予見を超えたディストピア
リチャーズは逃走のために州をまたいでいくが、その行く先々でハンターに追跡され、民衆による通報や射殺などの危機に遭う。この展開が示すのは、それぞれ州による自治の力が強いと思われているはずのアメリカが、一つの価値観に縛られ画一化してしまうという状況だ。それは、極端なナショナリズムに対する現代的な危機を暗示しているといえる。
このようなシステムに順応し、残酷なTV番組に熱狂する市民が多いなか、ベンを助けてくれる者たちもいる。もともと社会のシステムに疑問を持っていた者たちや、ベンの身を案じる知人、TV番組が語る捏造されたストーリーに“嘘”があることを知り、事態に疑問を持った者である。こういった人々の存在は、悲惨な状況に陥った世界の“希望”として描かれている。
そんな中、1980年代当時の問題意識と現在の社会問題がうまく接合していないと感じられる部分もある。例えば80年代では、TVが大衆を煽動するものとして度々批判されていたが、当時は未来だった現実の2020年代では、人々の情報源としてインターネットが大きな存在感を持っている。

『ランニング・マン』©2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
そこで発信される情報にはデマも多数混じっていて、TVの伝える画一的な情報がもたらすリスクを超えた、また別種の問題が発生している。しかし本作は、動画配信者やそれに賛同する民衆の行動の“希望”の方を表現し、リスクの側を展開に反映していないのだ。
そのため、いま本作を鑑賞する観客にとっては、テーマまでも「レトロフューチャー」にとどまっているという印象を与えられる部分もあるのではないか。これは、キングの設定やリメイク元の作品へのリスペクトが、現代とのズレを生んだ箇所だといえるかもしれない。そういう意味では、映画で描かれる社会よりも、じつは現実こそ“よりディストピア”なのではないかという感想を持ってしまうのが、おそろしいところだ。
とはいえ、SNSに没頭し、デマや嘘を信じ込み、格差などの社会問題の真実にたどり着くことが難しくなった現在の状況もまた、古代ローマの「パンとサーカス」に熱狂する民衆の構図に近いといえる。しかも、拡大する格差は“パン”すらも十分に行き渡ってないといえる状況を作っているのだ。このように、本作がTV番組の問題を通して支配の構造を描くことを、観客の側が現代の状況に変換することで、本来スティーヴン・キングやエドガー・ライト監督が描こうとした、社会の本質が見えてくるということになるだろう。文明は発展しているように見えても、人間そのものは同じところをぐるぐると走っているのかもしれない。
文:小野寺系
映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。
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『ランニング・マン』
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配給:東和ピクチャーズ
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