説明されないからこそ可能性は無限に広がる
この世界はシンプルに見えるが実は奥深い。二人の日常を細かく見ると、気になる点は無数に出てくる。たとえば、サンウォンが左手の薬指にリングをはめているのは何か理由があるのだろうか。彼女が植物と話ができるというエピソードには、一体どんな意味が込められているのだろう。
前者に関しては皆目わからないが、会話の中で出てくる「大きな影響を与えてくれた誰か」が関係しているのだろうか。一方、後者に関しても何らかの答えがあるわけではない。しかし誰もが知るように、ホン・サンス作品における「自然」はいつも特別すぎるほど特別な存在だ。あるがまま。なすがまま。それらが俳優陣たちの演技と織り交ぜて描かれていく。

『私たちの一日』©2023 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
不意に、サンウォンが俳優志望の従姉妹に向けて語る”演じること”についての言葉が思い出される。「自らの背負い込んだ心の衣服を一枚ずつ脱いでいく」「率直であること」。仮にそれらを究極的に突き詰めるなら、行き着く先は、花や木や川といった自然そのものとなるだろう。とすると、サンウォンが花に耳を傾けた時に「大丈夫だよ」と語りかけられたという点は、ホン・サンスの世界における非常に大きな安らぎと肯定を描いているように私には思えた。
一方で、詩人ウィジュで私が気になったのは、取材カメラを回す監督志望の大学生のことを「私の養女だ」と紹介するところだ。単に彼がふざけてそう言っているのかもしれないが、どうしてそんなことを言い出すのかと不思議になる。ただその直後に実の娘のことを「とてもいい子」と表現し、もうずいぶん前に別れた前妻のもとで暮らしていると言及する。
ここにも意味を限定しない、曖昧な魅力が香り立つ。まるでこの数日に及ぶ取材期間で絆を培った二人の間には、観察者と被写体を超えた師弟関係、はたまた擬似的な父娘関係すら投影されているかのようだ。