主人公にもたらされる「気づき」
ただし、本作は主人公の行動を英雄的に描いた物語ではない。カメラが真摯に写し撮るのはむしろ、「気づき」がもたらす心理的作用そのものだ。
ビルの内面ではいま、自分の亡き母親にまつわる記憶と、経済不況の中でなんとか幸せな家庭を維持している現状、そして自ら目にした修道院の実状とが、ぐるぐると渦巻いている。
少し解説的になるので、未見の方は読まないでほしいが、ビルは未婚の母に育てられた子供だった。母はなぜ修道院に追いやられることなく済んだのか。それは夫を亡くしたウィルソン夫人の宅内に住み込みで働いていたからだ。原作を紐解くと、この夫人はプロテスタントだとわかる。つまり彼女や使用人はカトリック・コミュニティの文化や常識に縛られず毎日を送ることができたのだ。

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母と子の生活は慎ましいものだった。クリスマスに願い通りの贈り物を手にすることもなかった。でも今考えると幸運だったのかもしれない。もしウィルソン夫人宅で働いていなければ、母は洗濯所での労働を余儀なくされ、ビル自身も出産後に養子に出されたかもしれない。今こうして手にしている日常は、決して当たり前のものではない。
そういった気持ちの交錯が主人公をラストの行動へと向かわせる。母と同じ名を持つ少女サラを救い出しクリスマスの我が家に招くという本当にささやかな結末には、そこで描かれている以上に深くて大きな想いがあふれている。