心に温もりをもたらすものは何か
修道院長役のエミリー・ワトソンは強烈な存在感だ。ビルと彼女の会話にはなんら直接的な言及はないものの、あらゆる細部が脅迫であり、まるで尖った刃物のようだ。暖炉の火が贅沢に煌々と燃えているのに、その場面は氷のように冷たい。
対して、人々に暖を届けるビルの石炭業という仕事が、シスター以上に宗教的に感じられるのは私だけだろうか。思えば、ビル少年が手にしたプレゼントも湯たんぽだった。真の温もりをもたらすものは何かという問いかけが、そこから感じ取れる。

『決断するとき』© 2024 ARTISTS EQUITY. ALL RIGHTS RESERVED.
そして彼は日々、炭だらけになりながら働き、自宅に帰ると妻や娘たちと会う前に手の汚れを洗い落とす。手のアップの反復描写は、ビルという人間の誠実さと、行為そのものの神聖さを表しているかのよう。彼にとって祈りや告解に等しい意味を持っているのかもしれない。
主人公の勇気ある行動の先に待ち受ける困難は想像するにあまりある。しかし「気づき」を得た彼は元の自分には戻れない。もう前に進むしかない。原作にある一文が私の胸を強く締め付ける。
「すぐ隣で待ち受けている厄介な世界の気配をすでに感じるが、最悪の未来はもう後ろに置いてきた」(*)
キリアン・マーフィーと仲間たちが丹念に織り上げた本作は、1985年という時代やマグダレン洗濯所という国家的トラウマを描きつつ、その普遍的なテーマは間違いなく現代の我々にも向けられている。困難な時代をいかに生きるべきか。ささやかなれど力強い意志が込められた映画だと、私は大いに心動かされた。
(*)引用文献
「ほんのささやかなこと」クレア・キーガン著、鴻巣友季子訳(2024、早川書房)
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
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『決断するとき』
TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開中
配給:アンプラグド
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