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『プロジェクト・ヘイル・メアリー』原作への忠実度と改変。そのバランスが理想的な映画化

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』原作への忠実度と改変。そのバランスが理想的な映画化

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※本記事は物語の詳細に触れているため、映画未見の方はご注意ください。


『プロジェクト・ヘイル・メアリー』あらすじ

未知の原因によって太陽エネルギーが奪われ、数十年後に地球は氷河期に突入する。原因解明に向けて宇宙に送り込まれたグレースは、科学の知識だけを武器に80億人の命をかけた人類最後の賭けに挑むが、この危機を救おうとする小さな相棒と出会い、共に愛する故郷を救うため宇宙の超難題に挑む。


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地球から遥か遠く離れた場所での孤独なミッション



 文章を読んで、頭の中でそのイメージが想像される。これは原作小説を映画にする場合のプロセスを、個人の脳内で行うようなもの。原作小説の完成度や人気が高いほど、映画化には細心の注意が必要になる。原作によって脳内にイメージされた映像が、そのまま、あるいはそれを超えた驚きとともに映画になってほしい。そんな要望が大きくなるからだ。


 その意味でアンディ・ウィアーの「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は、映画化への高いハードルが予感される小説だった。ウィアーのSF小説は過去に「火星の人」が『オデッセイ』(15)として映画化され、アカデミー賞作品賞ノミネートなど成功を収めていたが、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」のメインの舞台は、地球から11.9光年という太陽系から遠く離れた場所。そこで宇宙船「ヘイル・メアリー」内で目を覚ました主人公グレースに課せられるのは、人類の滅亡を防ぐための責任重大なミッション。さらに中盤から登場する、地球外生命体キャラが、作品の魅力を大きく左右するため、「文字」ではなく「映像」になった時、どんなビジュアルで造形されるのか──。多くの難題に立ち向かいながらも、おそらく原作を読んだ多くの人を満足させる仕上がりになったのではないか。



『プロジェクト・ヘイル・メアリー』


 ドリュー・ゴダードによる脚本、およびフィル・ロード&クリストファー・ミラーの名コンビ監督による統括は、文庫本で900ページ近い長大な原作に対し、重要なエピソードおよび流れをほぼ踏襲するというスタンスを選択した。太陽エネルギーを吸収する生命体「アストロファージ」によって、人類が存亡の危機となる物語。遠く離れた「タウ・セチ」という恒星系だけがアストロファージの影響を受けておらず、その原因を究明すべく、中学校教師で科学のエキスパートであるグレースらが宇宙への旅に出るのだが、アストロファージの説明の他、原作ではグレースがさまざまな困難に挑むうえで、科学的知識や分析が記される。科学用語アレルギーの人にも、意外なほど平易な表現で、それらが本筋を面白くする側面も濃厚。こうした映画版では、“多くの人がわかりやすい”ことを追求するあまり、専門用語や理論はスルーされがちだが、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(26)の場合、そのような科学面は、人類がどんな危機にあるのか、グレースらの任務がいかに困難であるのか、そして宇宙空間がどんな状態なのかを伝える意味で欠かせない。そこを原作と同様、グレースの軽妙で親しみやすいキャラに被せて描きつつ、映画ならではのテンポの良さで演出。『スパイダーマン:スパイダーバース』(18)でも複数の次元が入り乱れる乱雑な設定を巧みに“整理”した監督コンビだけあって、科学的な実験や決断もエンタメ的に見せ、映画にブレーキがかかることはない。


 原作は構成の巧みさも魅力で、グレースがヘイル・メアリー号で目を覚ました際は、自分の名前はおろか過去の記憶が失われた状態。そこから記憶を取り戻し、自身の任務を遂行するプロセスと、過去の出来事、つまり地球でのドラマがリンクするように挿入される。そこは映画版も受け継ぎ、無の状態からヒーローの自覚を認識するグレースの感情のアーク(曲線)が、鮮やかに体感させる。映画を観るわれわれも彼と一緒に地球の危機を知り、次に何をすべきかに“肌感覚”で同化し、没入することになる。ここは原作も映画も優れた側面だ。




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