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『砂丘』バニシング・ポイント(消失点)を祝福する、発光のダンス

©2026 WBEI

『砂丘』バニシング・ポイント(消失点)を祝福する、発光のダンス

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マークとダリア



 マーク・フレチェットは演技経験がなく、ダリア・ハルプリンは一本のドキュメンタリー映画に出演しただけのほとんど非俳優だった。主人公役のオーディションの話題は、小規模ながら全米に広がり、多くの若手俳優が列に並んでいたという。フレチェットは、バス停で口論しているところをスカウトされている。アントニオーニに抜擢された後、彼はメル・ライマンのコミューンに招き入れられている。ライマンは、1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルで、エレクトリック化したボブ・ディランの演奏“事件”の後、無言の抵抗のようにハーモニカを独演していた人物であり、救世主を名乗る指導者である。ライマン・ファミリーは、ハリウッドとのつながりを歓迎する。フレチェットは、『砂丘』で得た報酬をライマンに全額寄付している。



『砂丘』©2026 WBEI


 アントニオーニは、撮影現場でフレチェットの信仰に悩まされる。フレチェットは、ライマンの音楽をサウンドトラックに使うよう頼みこむ(却下される)。ライマンが表紙のグループの機関紙を、さりげなくセットに置く。当然、アントニオーニは激怒する。機関紙は毎日のようにカメラの前にセットされた。フレチェットは、撮影をボイコットしてファミリーと暮らすフォート・ヒルに一度帰っている。アントニオーニは、フォート・ヒルに電話をかけている。フレチェットは、政治的な理由で台詞の撮り直しを望んだ。アントニオーニは再撮影を承諾しつつ、リテイクされたフィルムを一切使わなかった。フレチェットはアントニオーニへの“布教”には失敗するが、ハルプリンには半ば成功する。本作の撮影中にフレチェットと恋仲になったハルプリンは、コミューンでの暮らしに承諾している。


 しかしハルプリンは、何らかの理由でコミューンを一年以内に去り、デニス・ホッパーと結婚することになる。あくまで客観的に見れば、ハルプリンのヒッピー的な価値観とコミューンの女性蔑視的な価値観は、最初から合うはずがなかったと思われる。フレチェットはコミューンに残り続ける。しかし、シャロン・テート殺害事件を起こしたマンソン・ファミリーとの比較がマスコミに騒がれ始め、ライマン・ファミリーは影響力を失っていく。フレチェットは、1973年に銀行強盗の罪で現行犯逮捕される。獄中でバーベルを持ち上げている最中に事故死している。27歳の若さだった。アントニオーニは彼のことを最後まで気にかけていたという。




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