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『ウエスト・サイド物語』暗黒の時代から完璧主義へ。20世紀を代表する振付家の最高傑作

『ウエスト・サイド物語』暗黒の時代から完璧主義へ。20世紀を代表する振付家の最高傑作

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赤狩りで仲間の名前を告発した裏切り者


 

 ジェローム・ロビンスは名門アメリカン・バレエ・シアターのソリストとなり、1944年、26歳の若さで「ファンシー・フリー」というバレエで振付家デビュー。NYに降り立った水夫たちのこのバレエは、その後、舞台ミュージカル、さらに1949年には映画(『踊る大紐育』)にもなった。その後、ブロードウェイでは「王様と私」(51年)、「ピーター・パン」(54年)の振付も手がけ、ミュージカル界の寵児の称号を得たロビンス。そこから1957年の舞台版「ウエスト・サイド物語」へとつながるわけだが、この1950年代、ロビンスにとっては暗黒ともいえる運命が待ちかまえていた。


 それは、ハリウッドにも襲いかかった「赤狩り」である。おもにアメリカ国内でのナチス・ドイツによるスパイ活動や、西海岸での日系アメリカ人の動向を監視する名目で1938年に発足した「非米活動委員会」は、大恐慌後に勢いを増したアメリカ共産党に標的を移した。第二次世界大戦後、同委員会が共産党員やその同調者を摘発する活動が「赤狩り」と呼ばれ、やがてハリウッドの映画人にも摘発の手がおよぶ。監督や脚本家、俳優ら「怪しい」と名指しされた者が公聴会に召喚され、中でも反逆者ということで投獄された10人は「ハリウッド・テン」と呼ばれた。


 公聴会に呼ばれた映画人は、共産党員、あるいはその思想をもつ「仲間」の名を「密告」するように強制される。それを拒み、議会侮辱罪で投獄されたのが、『ローマの休日』(53年)などの脚本家ダルトン・トランボらで、その顛末は『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(15年)として映画化された。チャールズ・チャップリンなどは、その強制を逃れるため、ヨーロッパへと脱出した。一方で密告したことで自分の罪は逃れた、『エデンの東』(55年)などのエリア・カザン監督らは、その後、長年にわたって「裏切り者」の烙印を押されることになる。




 ジェローム・ロビンスもアメリカ共産党に傾倒していた時期があり、公聴会に召喚されている。姉の夫が熱心な共産党員だったとか、バイセクシュアルであるロビンスがマイノリティに寛容な共産党を信頼したとか、共産党に傾倒した理由は定かではないものの、結局、公聴会でロビンスは自分が共産党員だったことを認め、マルクス主義者グループに属していた仲間の名前を委員会に「密告」する。委員会から「バイセクシュアルである事実を暴露する」と脅迫されたともいわれるが、結果として愛国的証言が認められ、ロビンスはダンサーや振付家としての活動に戻ることができた。しかしショービジネス界では彼の裏切りを許せない者もいて、『ウエスト・サイド物語』の作者、アーサー・ローレンツも不快感をあらわにしたという。



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