コミック、アニメーション、SF小説が与えた影響とは?
また、本作を語る上で欠かせないのが日本のコミックやアニメの影響だろう。主要スタッフたちの証言によると、『ダークシティ』の脚本を具体的なビジュアルの設計図へと落とし込んだ“ストーリーボード”は、さながら日本のコミックを見るかのような仕上がりだったと言われる。
『マトリックス』に「攻殻機動隊」のエッセンスが濃厚に見て取れたのに比べ、『ダークシティ』には「童夢」や「AKIRA」などの影響が現れる。とりわけクライマックスでは「AKIRA」へのリスペクトが沸点に達する瞬間がある。おそらくこのシーンに触れると世界中のコミック及びアニメファンが思わずニヤリとしてしまうはずだ。
さらにアレックス・プロヤス監督は、幼い頃からフランスのコミックに影響を受けて育ってきたとのこと。中でもコミック界で知らぬ者はいない巨匠メビウスの影響は計り知れず、プロヤスも昔からその絵を真似して描いていたほどだったという。そう言われると、『ダークシティ』の地底世界に設置されている巨大な「顔」のモニュメントなどにも、なんだかメビウスの影響が発露しているように思えてならない。
『ダークシティ』© Photofest / Getty Images
そしてもう一つ、『ダークシティ』のDVDコメンタリー解説などで作り手たちが幾度も持ち出しているのが、ジョージ・オーウェルによるディストピア小説「1984」である。物語の舞台となるのは、国家が市民の思想を完全に管理しているファシズムの世界。日記をしたためることさえ禁止された日常を描きつつ、いつしか「人間性とは?」「真の自由とは?」といった時代を超えたテーマ性があぶり出されていく。
テレスクリーンやビッグブラザーなど特筆すべき要素は多いが、とりわけ驚かされるのは「2分間憎悪」という儀式だろう。毎日2分間、スクリーンの映像を見つめ続けることで、国家の裏切り者への憎悪の感情が掻き立てられ、知らずのうちに洗脳が完了する。『ダークシティ』ではストレンジャーたちが日々、同時刻になると“チューン”という儀式を通じて人間の記憶を書き換えていく様子が描かれるが、ちょっとこの辺りに似た匂いを感じるのは私だけではないはずだ。
この他にも『ダークシティ』が影響を受けた要素は盛りだくさん(「トワイライト・ゾーン」のロッド・サーリングや、ドイツの精神分析本の著者として知られるダニエル・ポール・シュレーバーなどの影響も顕著だとか)。それらを一つ一つピンセットでつまみあげていくとなかなかユニークなカルチャー体系が姿を現してくる。
作品世界を三部作にまで膨らませ、すべてを白日の下に晒した『マトリックス』に比べると、当の『ダークシティ』は一向に語り尽くされることなく、謎を謎のままにベールで包んで20年間寝かしっぱなしにされてきた感も強い。この映画は決してトンデモ系SF映画なんかではない。その発想の源泉をしかと踏まえつつ、いま改めて本作へと舞い戻ることで、より濃密な探究が可能となること請け合いである。
参照1)
https://vfxblog.com/2018/02/25/dark-city-at-20-a-conversation-with-colorist-peter-doyle/
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンⅡ』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
『ダークシティ』
ブルーレイ¥2,381 +税 DVD ¥1,429 +税
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