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Netflixシリーズ「ガス人間」現代社会の病理を真っ向から撃ち抜いたネオ・ノワール、そして悲恋の物語 ※注!ネタバレ含みます

Netflixシリーズ「ガス人間」

Netflixシリーズ「ガス人間」現代社会の病理を真っ向から撃ち抜いたネオ・ノワール、そして悲恋の物語 ※注!ネタバレ含みます

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レコードの溝と「いとしのエリー」



 この血生臭い復讐劇を感傷的に彩るのが、サザンオールスターズの「いとしのエリー」。普段は廃墟で石化している堤田を人間の姿に呼び戻すトリガーが、他でもないこの名曲なのである。「エーリィィィー」という桑田佳祐の絶叫を聴くたび、筆者はこの曲を主題歌に起用した山田太一脚本のドラマ「ふぞろいの林檎たち」(83)を思い出さずにはいられない。


 学歴社会のヒエラルキーからこぼれ落ちた「ふぞろいな若者たち」が、不器用ながらも連帯し、愛を探求する物語。不思議なことに、両作はラーメン屋という場所で深く結びついている。『ふぞろいの林檎たち』において、柳沢慎吾演じる西寺の実家であるラーメン屋は、社会のエリートコースから弾かれた若者たちが夜な夜な集う場所だった。彼らはそこでどんぶりを囲み、互いの劣等感をぶつけ合う。社会のメインストリートから外れた者たちにとって、そこは数少ないサンクチュアリだったのだ。


 「ガス人間」も構造は全く同じ。ホワイトセンターから逃亡し、餓死寸前だった幼き甲野と青年時代の堤田の命を繋いだのは、ブンコラーメンの片隅。ラジオから流れる「いとしのエリー」を背景に、一杯のラーメンを分かち合う二人の姿は、まさに社会の規格に合わない「ふぞろいな存在」同士が結んだ、痛切な連帯の記憶である。


 さらに言えば、ガスという物質そのものが、規格外=ふぞろいであることの究極のメタファーといえる。社会の枠組みに適合できなかった堤田は、肉体という人間の輪郭(規格)すら失い、形のないガスへと成り果てた。アイデンティティが完全に崩壊した彼が、唯一人間の形を取り戻せる瞬間が「いとしのエリー」を聴いたときだけだという設定は、あまりにエモい。



Netflixシリーズ「ガス人間」


 圧巻なのは最終話のラストシーン。甲野の墓参りを終えた岡本が、自宅で「いとしのエリー」のレコードに針を落とした瞬間、窓から白い煙が滑り込んでくる。おそらくこれは、金庫室の爆発を経て自らもガス人間と化した甲野の姿だろう。彼は知らず知らずのうちに、愛する女性の魂を呼び覚ましたのだ。


 そのトリガーが、アナログレコードであることは重要だ。レコードとは、針が盤面の溝(傷)を物理的に引っ掻くことで初めて音楽を奏でるメディア。甲野と堤田の関係性も、ホワイトセンターで負った消えない傷を互いに共有し、なぞり合うことで成立していた。岡本がレコードの針を落とす行為もまた、自らの心の傷を抉ることで甲野をこの世に呼び戻す降霊術に他ならない。


 岡本が甲野の墓石に残したダイヤの指輪との対比も見事だ。地球上で最も硬く、永遠に形を変えない鉱物(ダイヤモンド)と、形を持たず常に漂い続ける気体(ガス人間となった甲野)。絶対に交わることのない「固定された愛の証」と「流動する魂」が交差するラストシーンは、物理法則を完全に超えたロマンティシズムを立ち昇らせている。


 「俺にしてみりゃこれで最後のLady」。このフレーズと共に形作られるその輪郭は、社会から見捨てられ、実体を失った『ふぞろいの林檎たち』が、それでも最後に希求した絶対的な愛の証明。「いとしのエリー」は、搾取され透明化されていったすべての弱者たちへ捧げられる、これ以上ないほど重厚なレクイエムとして響き渡っている。


 そう、「ガス人間」は現代社会の病理を真っ向から撃ち抜いたネオ・ノワールであると同時に、実体を奪われた弱者たちが痛みを分かち合い、魂で抱き合おうとする、哀しくも美しいラブストーリーなのだ。


(※)https://about.netflix.com/ja/news/human-vapor-announcement



文:竹島ルイ

映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。



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