©2025 Lumière & Co. / Tarantula / Tellfilm / Vision Distribution
『ヒトラーの毒味役』過酷な運命に巻き込まれた女性たちの、一口一口の戦い
これまでにない特殊な物語
一人の女性の主観を通して描かれた本作では、いわゆる戦場は描かれないし、破壊されたベルリンの街並みが映し出されるわけでもない。ましてやヒトラーそのものも一切登場しない。
しかし、ベルリンで多くのものを失い、果てしなく列車に揺られて逃げてきたにも関わらず、逆にヒトラーの存在そのものとはむしろ距離が近づいてしまうという、痛烈なまでの運命の皮肉がそこにはある。さらに、ローザの仕事はヒトラーと直接関わることはなくとも、間接的には彼の命綱であり、身を呈してその生命を守る役割を担わされてしまっているのである。

『ヒトラーの毒見役』©2025 Lumière & Co. / Tarantula / Tellfilm / Vision Distribution
目の前には豪華な食事が広がる。本能的にはなりふり構わずむさぼり食いたい。一方で、自らの理性は「毒」に警戒せよと訴えかける。しかし仮に食べることに躊躇したり抵抗すれば、後ろに控える兵士たちに暴力を振るわれ、場合によっては銃口が火を吹く可能性だってある。崖っぷちに立たされた7人ぞれぞれの逡巡が表情から伺え、本作には誰がいつ、どの皿で毒に当たるかわからないロシアン・ルーレットのような緊張感が広がる。戦場のみならず彼女たちにもまた、いつ命を散らすかわからない、個々の闘いがあったのだ。
当然ながら、テーブルに並べられた食事はヒトラーの食生活を静かに物語ってもいる。かつて食肉加工場を訪れたことがきっかけでベジタリアンに転向したというヒトラー。それゆえ豆料理が多いのが特徴的だ。原作小説には「溶かしたバターのかかったインゲン豆」「ローストしたパプリカ」「米とエンドウ豆の料理」「アップルシュトゥルーデル」「アスパラガスのパイ」などの表現が並ぶ。アルコールは飲まない。スイーツは大いに好む…。ここには、世界を混沌に陥れたこの人間を、「食」の面から浮き彫りにしようとする試みがある。