ジーン・セバーグという“アリス”
ギャング映画を撮っているつもりだったのに、完成した作品は「不思議の国のアリス」のようだったと、ゴダールは語っている。パトリシアという“アリス”の物語。セバーグの出演は、ゴダールの切り札だった。オットー・プレミンジャーの『聖女ジャンヌ・ダーク』(57)と『悲しみよこんにちは』(58)が興行的な失敗に終わり、セバーグは傷ついていた(ゴダールは『勝手にしやがれ』を『悲しみよこんにちは』の“続編”と位置づけている)。『悲しみよこんにちは』のセバーグの演技に熱狂的な賛辞を送ったトリュフォーに、セバーグは感謝の手紙を送っている。「若い映画監督の中では、あなたと(アラン・)レネをもっとも信頼している」と。セバーグの当時の配偶者だったフランソワ・モレイユは、トリュフォーと共に『勝手にしやがれ』への出演をプッシュする。ベルモンドもセバーグの自宅に訪れ、説得を試みている。弁護士で映画監督志望だったモレイユは、カイエ・デュ・シネマ編集部とのつながりがあった。ジャン=ピエール・メルヴィルが演じる作家の空港のインタビューシーンで、モレイユはカメラマン役として出演している。モレイユは本作の撮影後、セバーグを主演に『La Récréation』(61)という映画を撮っている(不当なほど過小評価されているが、セバーグの輝きとヌーヴェルヴァーグの息吹が記録された作品ではある)。
この作品がゴダールの“ラストチャンス”になるかもしれないことを、セバーグは理解していた。しかし、ハリウッド映画で主演を務めていたセバーグにとって、予算も脚本もないゴダールの映画への参加には迷いがあった。ゴダールが前の晩や撮影の直前に紙切れに書いたメモが、その日に演じる脚本となる。脚本の研究ができないことは、セバーグにとって考えられないことだった。撮影が始まると、セバーグはゴダールと何度も衝突している。降板の危機すらあったという。

『勝手にしやがれ』(c)Photofest / Getty Images
「意見の相違をお互いに認め、握手をし、私はその場を離れようとした。でも、彼(ゴダール)が私を追いかけてきたから仲直りしたってわけ。」(ジーン・セバーグ)*2
『勝手にしやがれ』の舞台裏をフィクションで描いたリチャード・リンクレイターの『ヌーヴェルヴァーグ』(25)でも描かれていたように、アイデアが浮かんでこないゴダールが撮影を中断にしたことは、よく知られているエピソードだ。しかしセバーグは即興演技やありのままでいることが要求される撮影に、ハリウッド映画にはない自由や解放を感じるようになっていった。撮影監督のラウル・クタールによると、セバーグは最後まで「アメリカのプロの俳優」だったという。特にベルモンドとの即興を楽しんでいた。ベルモンドもまた、セバーグとはかなり気が合ったことを自伝に綴っている。
パトリシアの衣装は、フランスのディスカウントストア「プリズニック」で購入された。ツイッギーの登場以前、セシルカットでドレスダウンしたパトリシア=ジーン・セバーグの持つエレガンスやアンドロジナス性は、どれほど鮮烈な新しい時代のイメージだったことだろうか。『勝手にしやがれ』が熱狂的に迎えられることによって、セバーグは伝説になる。パトリシアの髪型が流行する。アメリカ人のセバーグが、フレンチスタイルのアイコンとなる。のちにイギリス人のジェーン・バーキンが、フランスのアイコンになる前の話だ。ゴダールは短編『立派な詐欺師』(64)のセバーグに、再び“パトリシア”という役名を与えている。