2026.09.02
シュガーランドが打ち砕く淡い幻想
奪ったパトカーでテキサスの広大なハイウェイを疾走する彼らの姿は、一見すると自由そのものに思えるかもしれない。しかし実際のところ、彼らが手にした自由は完全なフェイクだ。クロヴィスは刑務所から抜け出すことには成功したものの、逃げ込んだパトカーという密室は、四六時中誰かに見張られている檻に等しい。
周囲には常に200台以上のパトカーが群がり、上空からはヘリコプターが目を光らせ、沿道ではマスコミや野次馬がカメラを向けている。全方位から監視され、隠れる場所なんてどこにもない。本人たちは自由に向かって走っているつもりでも、実際は牢屋ごとハイウェイを移送されているだけ。どれだけアクセルを踏み込んでも、安住の地は近づいてこない。
やがて彼らは、最終目的地のシュガーランドへ到達する。かつて製糖会社があったことに由来するこの甘い地名が、この映画では残酷なアイロニーとなる。社会の周縁を生きる主人公たちに、甘い家庭は絶対に手が届かない。平和のシンボルとして建ち並ぶ家々は、真っ当な市民とそこから弾き出された者を隔てる、決して越えられないボーダーラインなのだ。

『続・激突!/カージャック』(c)Photofest / Getty Images
ラストシーン、彼らの淡い幻想は容赦なく打ち砕かれる。パトカーは川辺に突っ込んで身動きが取れなくなり、クロヴィスは狙撃によって絶命。ルー・ジーンはすっかり放心状態に陥ってしまう。
かつての西部劇のヒーローたちは、最後には夕陽に向かって馬で走り去っていくのがお約束だった。しかしこの映画のラストショットで、美しい夕陽を背景にシルエットとして浮かび上がるのは、虚無感を抱えた警察官たちの姿だ。「彼らに銃を使う気はなかったんだ」と悲痛な訴えかけるスライド巡査、黙って彼に銃を返し、手錠を外すタナー警部。スピルバーグはここで、アメリカ映画の伝統的カタルシスを粉砕してみせたのだ。
この無謀な逃避行は悲劇的な結末を迎えるが、観客の胸に残る感情は決して絶望ばかりじゃない。社会の底辺であがきながらも、不器用なまでに家族の絆を求めた彼らの姿がどうしようもなく愛おしく、私たちの感情を大きく揺さぶってくる。
胸を締め付けるエモーショナルなドラマと、それを最高沸点まで引き上げる研ぎ澄まされた映像テクニック。のちに世界中を熱狂させる天才スピルバーグの映画作家としての真髄は、この記念すべき長編デビュー作において、すでに完全な形で息づいていたのだ。
文:竹島ルイ
映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。
(c)Photofest / Getty Images