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『赤い砂漠』揺れ動く色彩、モニカ・ヴィッティを讃える

(c) 1964 RTI

『赤い砂漠』揺れ動く色彩、モニカ・ヴィッティを讃える

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『赤い砂漠』あらすじ

無機質な工場地帯が広がる海辺の都市ラヴェンナ。夫と子どもと暮らすジュリアーナは数年前の交通事故のショックから立ち直れず、不安障害に悩まされていた。ある日、彼女は夫からコラドという同僚を紹介される。次第に二人は仲を深めていくが、ジュリアーナの精神が安定することはなく…。


Index


モニカ・ヴィッティという共同作者



 「すべての出来事が私の人生だってこと」


 ラヴェンナの冬。夜の波止場。ジュリアーナ(モニカ・ヴィッティ)は、言葉の通じない船の乗組員にそう告げる。ジュリアーナのこの台詞は、ミケランジェロ・アントニオーニとモニカ・ヴィッティによる無二のコラボレーションを総括する言葉であり、2人の公私に渡る旅の終わりを宣言する言葉にふさわしい。『情事』(60)、『』(61)、『太陽はひとりぼっち』(62)、そして『赤い砂漠』(64)という、“意思疎通の不可能性”を描いた連作を作ってきた2人。アントニオーニとヴィッティのコラボレーションは、『赤い砂漠』で美しく、不穏に終わる。オリヴィエ・アサイヤスは、アントニオーニとヴィッティの特別な関係を次のように讃えている。「愛する女性をフェティッシュに撮るのではなく、各ショットの共同作者である」。


 『赤い砂漠』は1964年のヴェネツィア国際映画祭で最高賞にあたる金獅子賞を受賞する。壇上のアントニオーニがヴィッティに賛辞を贈る、授賞式の様子が映像に残されている。呼吸を落ち着かせようとするヴィッティの姿が印象的だ。2人はこのあと、10年近くに渡る公私の関係を解消している。本人たち曰く「良き友人」として、別々の道を歩むことになる。アントニオーニはロンドンを舞台とする最高傑作『欲望』(66)以降、外国で男性主人公の映画を撮る旅に出る。ヴィッティは『唇からナイフ』(66)で国際的な映画に出演後、イタリア国内でコメディエンヌとしての才能を開花させていく。ヴィッティといえば、あのハスキーな声だ。アントニオーニがヴィッティと出会ったのは、彼女が吹き替えの仕事で“声”を録音しているときだった。



『赤い砂漠 4K修復版』(c) 1964 RTI


 『赤い砂漠』は、オープニング・クレジットと共に工場地帯のぼやけた画面が続いていく。この映画で初めてピントが合うのは、工場の煙突から繰り返し吹き出る炎を捉えたショットだ。絵の具のチューブを絞りだすように吹き出る炎の色彩が、映画のトーンを決定づけている。続いて、モスグリーンのコートを纏ったジュリアーナが、小さな子供を連れて登場する。ぬかるんだ地面、工場や廃棄物の灰色を基調とする景色の中で、赤や緑といった色彩が際立っている。閃光のような色彩。灰色の工場地帯は、いわば“白黒のキャンバス=白黒画面”である。アントニオーニは、白黒画面に色をペイントするように本作を撮っている(その意味で人工的な赤と水墨画のような質感が同居するチャン・イーモウの『紅夢』(91)は、本作のスピリットを正しく継承しているといえる)。


 それは『情事』~『太陽はひとりぼっち』の白黒映画で探求された、人や物の輪郭や立体感によって登場人物の孤独を浮かび上がらせる手法の続きにあるといえる。しかし、ジュリアーナがすべての景色から浮いて見えるように、ここには断絶がある。『赤い砂漠』の色彩はジュリアーナの主観による色彩であり、カメラは彼女の“瞳”となる。主観であるがゆえに、色彩は定まらず、流動的となる。ついさっきまで赤に見えた炎が、黄色に見えたりすることだろう。色彩を使って感覚を建築する映画。『赤い砂漠』は、映画というフォーマットに新たな可能性を加えた歴史的な作品である。





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