※本記事は物語の結末に触れているため、映画未見の方はご注意ください。
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スピルバーグの“業”
スティーヴン・スピルバーグは映画がうまい。いや、うますぎる。そして本人が、そのことを誰よりも恐れている。
思い返せば自伝的作品『フェイブルマンズ』(22)で、主人公のサミー(=スピルバーグ)は、いじめっ子のローガンを記録映像のなかで光り輝く英雄に仕立て上げてしまう。浜辺を駆け抜ける姿は、神々しいばかり。ところが喝采を浴びたローガンは、映像を観て泣き崩れてしまう。自分がどんな人間かを知っているからこそ、スクリーンの完璧な自分に耐えられなかったのだ。
被写体の実像を、美しい虚像へと変えてしまう魔術。しかもそれは、術者の思惑などおかまいなしに作動して、ときに被写体そのものを深く傷つけてしまう。もはやそれは、“業”と呼ぶべきかもしれない。その業と真正面から格闘し始めた最初の作品が、おそらく『アミスタッド』(97)だろう。

『アミスタッド』(c)Photofest / Getty Images
1839年夏、キューバ沖。奴隷船ラ・アミスタッド号の暗い船倉で、ひとりの男が血まみれの指で釘を引き抜く。西アフリカから拉致されたメンデ族、シンケ(ジャイモン・フンスー)だ。鎖が外れ、反乱が始まる。目的はただひとつ、故郷に帰ること。だが航海術を持たない彼らはアメリカの監視船に拿捕され、「彼らは人間か、財産か」を問う法廷闘争へと引きずり込まれていく。
この企画を持ち込んだのは、プロデューサーのデビー・アレン。アフリカ系アメリカ人のために設立されたハワード大学で学んだ彼女ですら、この事件を一度も教わらなかった。彼女はそのときの気持ちを、「学校でこのことを一度も教わらなかったことに、奪われ、騙されたような気分になりました」(*1)と述懐している。
黒人の歴史劇は売れないと、スタジオに門前払いされ続けること10年以上。最後にたどり着いたのが、製作会社ドリームワークスを立ち上げたばかりのスピルバーグだった。与えられた面会時間は25分だったが、会議は1時間半に延びたという。
自ら立ち上げた新会社での監督第1作に、興行的な勝算がまるで見えない奴隷制の法廷劇をぶつける。無謀とも言える賭けだ。スピルバーグは当時、「映画監督というものは、無難で賢明な立ち回りをするべきではありません。自身の直感と情熱に従い、ビジネス感覚ではなく純粋な情熱から監督を引き受けるべきです」(*2)と、その並々ならぬ覚悟を語っている。
本作は、歴史から消された人々をスクリーンへ戻す試みであると同時に、「誰の歴史が映画になるのか」というハリウッドの力学そのものに挑んだ一本でもあったのだ。