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『アビス』の映画史的意義。それは“ジェームズ・キャメロンとCGの邂逅”

(c)Photofest / Getty Images

『アビス』の映画史的意義。それは“ジェームズ・キャメロンとCGの邂逅”

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CGで「生命」を描くという賭け



 先述のように、CGでキャラクターを描くこと自体は『アビス』が初めてではない。それでも、無機質なステンドグラスの騎士とは違い、命を宿した水の触手とでも言うべきNTIの偽足では、生きているような質感と柔らかな動き、そして人間の顔を真似るという離れ業まで描き出す必要がある。ILMにとって格段にハードルが上がったことは想像に難くない。


 果たして、ILMが最初に仕上げて持ってきた、偽足がゆっくりとリンジー役のメアリー・エリザベス・マストラントニオを真似るショットを一目見て、キャメロンは決断が正解だったことを確信する。


 当時の技術で、時間にして75秒、20のショットをCGで制作するのに9カ月を要した。偽足が現れるシークエンスの実写部分は、1988年10月という早い段階で撮影された。CG制作に少しでも時間の余裕を与えるためだ。なお、俳優たちが偽足に向かって演じる際、視線を決めるためにエアコンのホースが目印に使われたという。



『アビス』(c)Photofest / Getty Images


 偽足が人間の顔に変化するショットのため、「サイバーウェア」というスキャナーが使われた。マストラントニオが静止して座ると、その周囲をレーザーが回って顔の基本構造を読み取り、3D多角(ポリゴン)モデルに変換する。マストラントニオは何度もスキャンを受け、笑顔から舌を出した顔まで、さまざまな表情が読み込まれた。


 偽足の表面の反射用には、セットの360度の写真を撮り、別々の反射や屈折レイヤーも含めて、CGの偽足に加えられた。こうして出来上がった偽足の画像は、スキャナーで抜き出され、その後実写映像に合成された。


 偽足のCGはどうにか間に合ったが、断念されたCGのショットもある。それは、終盤でNTIが世界各地に巨大津波を起こすシークエンスに含まれていた。大波が数十メートルの高さまで盛り上がっていく部分はハワイで撮影した波の実写を合成したものだが、巻き上がった波が落ちずにとどまっているショットだけは、実写映像が不可能なためCGを使うつもりだった。


 劇場公開前には、この波のCG制作が技術的な問題で完成せず、結局津波のシークエンスは丸ごと劇場版からカットされた。その後、約30分を追加した1992年の「完全版」で、この静止した大波のCGも加えられたのだった。80年代後半はCGがまだ発展途上で未成熟であり、綱渡りのようなスケジュールで制作が進められていたことを示す逸話だ。



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