意識的に少年時代の記憶を投影
もちろん、ここで忘れてはいけないのが、少年時代のスピルバーグの記憶だ。彼の家族は父のコンピューター技師という仕事柄、引越しが絶えなかった。ようやく友達と仲良くなれたかと思うと、急に「さよなら」の時が訪れる。その繰り返し。また、両親の離婚や、女性ばかりで占められた家庭環境に関する悩みもあった。これらの切実な想いと『E.T.』との繋がりについて、彼はのちにこう語っている。
「僕の願い事リスト(父と母が別れた後の)には、僕にはいなかった兄や弟と、もういなくなってしまった父親の両方を兼ねた友達がひとり欲しい、というのが入っていた。それがE.T .だ」(*1)
『E.T.』(C) 1982 & 2002 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.
一方、これらの自伝的要素は『未知との遭遇』の時点ですでに現れていたという指摘もあるだろう。この作品の出発点となったのは、6歳の頃、深夜に父から無理やり起こされ連れて行かれた草原で、壮大な流星群を浴びるように目にした体験と言われている。本編中に登場する幼子とその母親にもおぼろげながら『ET』の家族の原型を見ることができよう。
さらに私の手元にある書籍「アクターズ・スタジオ・インタビュー」(*2)には、かの名物番組内で司会者のリプトン氏が「あなたの父親はコンピューター技師、あなたの母親は音楽家。宇宙船が着陸したら、二人はどうやって意志の疎通を図るんでしょう?」と問いかける場面が登場する。もちろん『未知との遭遇』のクライマックスシーンに関する言及である。
スピルバーグはここでしばらく黙って、それからゆっくり微笑を浮かべて「それは非常にいい質問だ。気に入った。あなたがもう質問に答えてくれた」「二人はコンピューターで音楽を作る。それで互いに話しあえる」と答えている。70パーセントほどは会場を沸かせるためのサービス発言だったとしても、後の30パーセントくらいは多少なりとも真理を含んでいるように思えるやりとりだ。
『未知との遭遇』特別映像
つまり、こういった子供時代の記憶や想いが無意識的に沁み出したのが『未知との遭遇』だとするなら、それを意図的に抽出し、客観的に俯瞰したものが『E.T.』だったと言えるのかもしれない。それは永遠の少年のように思われたスピルバーグの心の成長でもあるし、自転車で浮遊したり、宇宙船が飛び立つ描写に合わせて、彼の中の何かが大きく羽ばたいていったという見方もできるだろう。