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アメリカン・ニューシネマの夜明け前。ロジャー・コーマン×ピーター・フォンダ『ワイルド・エンジェル』

アメリカン・ニューシネマの夜明け前。ロジャー・コーマン×ピーター・フォンダ『ワイルド・エンジェル』


“プリンス”ピーター・フォンダのかっこよさ



 前述の『コーマン帝国』には主演のピーター・フォンダも登場し、『ワイルド・エンジェル』では、自分が『ウエストサイド物語』(61)で知られるジョージ・チャキリスの代役だったことを明かしている。本当はチャキリスが主人公で、フォンダが友人役だったようだが、チャキリスは(踊れても?)バイクには乗れないことが判明して、交代劇が起きたとか。フォンダに直接取材した時は、こんなコメントも返してくれた。


 「あの頃、僕は俳優として自分のキャリアを真剣に考えていた。そんな時、コーマンから話があったんだ。“君は私の映画に興味があるかね? ヘルス・エンジェルスの映画を作ろうと思っているが、どんな主張をすればいいのか、迷っていてね”と言われた。僕は“ヘルス・エンジェルスの映画を作ることがすでに主張です”と答えたよ」


 ちなみに当時、フォンダのところには、ディズニー映画『ラブ・バック』の主演の話も来ていたが、これを断って、コーマン在籍の映画会社、AIPで製作された『ワイルド・エンジェル』に主演。「この映画の成功で僕は反抗する若者たちの代弁者となった。ディズニーのプリンスじゃなくて、AIP映画のプリンスになったんだよ」とフォンダは笑いながらコメントしていた。


 半ば冗談っぽく自身を“プリンス”と呼んでいたピーターだが、この映画の魅力は彼に追うところも大きい。長身で足の長い“プリンス”キャラのピーターだからこそ、ハーレー・ダヴィッドソンをのりまわす姿が映える。黒の革ジャン、レーバンのサングラスというファッションもぴったりで、そんな彼が出ているだけで、すごく絵になり、ついつい画面に見入ってしまう。




 演技者としては、バイクで暴走しながらも、どこかに虚無感を漂わせていて、特に仲間の死に接してからは、青春の終わりを意識する姿がどこか切ないものに見える。


 日本では『イージー・ライダー』の成功後は、日本の若い観客に絶大なる人気を得ていて、70年代はレナウンのシンプルライフのCFにも起用されていた。


 父が名優のヘンリー・フォンダ、姉がジェーン・フォンダという名門の出身ながら、あえてB級映画にこだわり続け、76年にはコーマン製作、(当時新人だった)ジョナサン・デミ監督の『怒りの山河』にも主演。日本の村上龍監督の『だいじょうぶ、マイ・フレンド』(83)にも出ていた。また、監督としては市川崑監督がほれ込んでいた珠玉の名品、『さすらいのカウボーイ』(71)も残している。



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