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『アイ,ロボット』オリジナル脚本とアイザック・アシモフの小説の融合から生まれた
「Hardwired」映画化への道
そして3本目として、ディズニーが購入してくれたスクリプトが「Hardwired」だった。その内容は、「デル・スプーナーという探偵(まだ刑事ではない)がハイテクビルの殺人現場に呼ばれ、そこには死者のホログラムによってダイイング・メッセージが残されていた。容疑者はロボット、サイボーグ、コンピューター、ホログラムの誰かだった…」というアガサ・クリスティ風の密室ミステリーである。
ディズニーは、ブライアン・シンガーを脚本・監督として選び、ヴィンターと共にリライトを始めるが、再びデベロップメント・ヘルに陥る。その結果、海兵隊が宇宙ステーションでモンスターと戦うといった、一切原型を留めないストーリーにされたあげく中止が決定した。
1999年になり、今度は20世紀フォックスが「Hardwired」を買い上げる。同社は、ロボット・テーマの映画(*2)を求めており、その監督として『ダークシティ』(98)を手掛けたアレックス・プロヤスを考えていた。実はプロヤスは、この話が来る前から「われはロボット」の映画化(*3)に個人的に取り組んでいたのだ。だが、アシモフの原作は9本の独立した短編がゆるく繋がったものであり、全体を貫く明確なストーリーがないため脚本化には難航していた。
*2 実はこのころハリウッドのスタジオは、ヒューマノイドをテーマとした映画を作り続けていた。例えばコロムビア・ピクチャーズとタッチストーン・ピクチャーズは、アイザック・アシモフ原作の『アンドリューNDR114』(99)を、ワーナー・ブラザースとドリームワークスは、スピルバーグ監督の『A.I.』(01)をそれぞれ公開している。こういった企画の背景には、ホンダが発表したP2(96)やP3(97)、ASIMO(00)など、二足歩行ロボットの影響があったと思われる。
それを具体的に実感したのは、2004年6月に20世紀フォックス映画の依頼で、『アイ,ロボット』の取材に行った時だった。だが記者会見の場所は、ありがちな映画スタジオやホテルではなく、ピッツバーグのカーネギーメロン大学コンピューターサイエンス学部・ロボティクス研究所だったのである。日本人記者は筆者とアメリカ在住の細谷佳史氏の2名だけ。プロダクション・デザイナーのパトリック・タトポロスに単独インタビューを行い、次のイベントまで時間があったため、(日本人だけ優遇されて)同研究所で所長を務めた金出武雄教授の案内で、DARPAグランドチャレンジに出場した完全自律型無人自動車サンドストームや自律型小型ヘリコプターなど、ラボ内の見学をさせてもらえた。
夜はカーネギー・サイエンス・センターに会場を移し、ロボット殿堂(Robot Hall of Fame)の記念式典が行われた。ロボット殿堂とは、学部長のジェームズ・H・モリスが2003年に発案したもので、現実・フィクションを問わずロボティクスに大きく貢献したロボットを記念するものである。この年の殿堂入りは、ASIMO、鉄腕アトム、C-3PO、『禁断の惑星』(56)のロビー、スタンフォード研究所(現SRIインターナショナル)の人工知能ロボットShakeyであった。
そして実際にASIMOが登場し、金出教授が「ホンダが開発したASIMOは、これまでで最も成功したヒューマノイドの1つとして審査員の支持を集めました。振り返ってみると、P2からASIMOの開発は、現在のヒューマノイドおよびエンターテインメント・ロボットの流行に火を付けたのです」と祝辞を述べた。
ただその後、日本のロボットが殿堂入りしたのは、2006年のAIBOと山梨大学のSCARAまでで、後はすべて欧米のロボットである。
*3 「われはロボット」のシナリオ化は、SF作家、脚本家のハーラン・エリスンが1978年に執筆したワーナー・ブラザース向けのものがあり、書籍「I, Robot: The Illustrated Screenplay」として発売されているが、クランクインには至っていない。当然プロヤスはこのシナリオも読んでいたが、本作には反映されていない。
アイザック・アシモフの影響
そして「Hardwired」のデベロップメントが開始される。プロヤスはヴィンターのプロットを尊重しながら、「未来都市を舞台に、スプーナー刑事がロボットによる殺人事件を調査する」という、シンプルなストーリーに整理した。
『アイ,ロボット』(C)2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
2000年にフォックスが「われはロボット」の映画化権を正式に取得したことで、これと「Hardwired」を融合させた形にするプランが試みられる。そうなるとSFファンには常識である、「ロボット工学三原則」がストーリーに大きく関わってくる。この三原則とは
第一条: ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条: ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条: ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない。
というもので、1940年にSF作家で雑誌『アスタウンディング・サイエンスフィクション』の編集長でもあるジョン・W・キャンベル・ジュニアが、アシモフ作品に内在していた要素を具現化して提案したものだ。翌年からアシモフは、このアイデアを基本として執筆を行うようになった。
したがって本作も三原則をメインテーマとし、これを知らない人々向けに映画の冒頭と劇中で説明することにした。ただしプロヤスは、やはり「われはロボット」の9本を直接反映させるのではなく、“新たな10本目のストーリー”という位置付けを考えた。
そうは言っても、まったく原作を無視した訳ではない。ロボット心理学者のスーザン・カルヴィン博士(ブリジット・モイナハン)(*4)や、ロボットのサニーを作り上げ、謎の死を遂げるアルフレッド・ラニング博士(ジェームズ・クロムウェル)などの役名は、アシモフの原作から取られているし、彼らが勤めるUSロボティクス(*5)の社名もそうである。
また劇中に、スプーナー刑事(ウィル・スミス)とカルヴィン博士が、USロボティクスの工場に整然と並ぶ1000台のNS-5型ロボットの中から、ラニング博士を殺した容疑者のサニーを探し出す場面が登場する。これは原作の「迷子のロボット」がヒントになったシーンだろう。
また「刑事・ロボット・殺人事件」という設定は、やはりアシモフ原作の「鋼鉄都市」(53)や「はだかの太陽」(56)、「夜明けのロボット(上)(下)」(83)といった、イライジャ・ベイリ刑事とR・ダニール・オリヴォーを主人公とした長編シリーズの影響が感じられる。
もっとも、20世紀フォックスが「鋼鉄都市」の映画化権を取得したのは2011年であったため、プロヤスはインタビューなどでこのシリーズの影響に一切触れておらず、あくまでモチーフは「われはロボット」ということになっている。
*4 原作のカルヴィン博士は75歳という設定なので、大幅に若く修正された。
*5 そもそも、ロボティクスという言葉自体がアシモフによる造語である。