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『ダンケルク』戦闘機も船も実物を使用。過剰なまでの「本物志向」で、先達の意思を受け継ぐクリストファー・ノーラン
本物の矢、本物の生首も巨匠にとっては常識
映画史を振り返ると、CGの存在しない時代には、もっと「本物志向」は強く、クリストファー・ノーランの手法なんて、まだまだ甘いと感じさせる巨匠は数多く存在した。その代表格が黒澤明だ。
『椿三十郎』ではリハーサルから俳優たちの腰に本物の日本刀を差させ、『赤ひげ』ではモノクロ映画にもかかわらず、三船敏郎のヒゲをわざわざ脱色し、赤く染めた。「なにもそこまで」というエピソードには事欠かない。
極めつけは『蜘蛛巣城』。三船敏郎が演じる鷲津武時に向かって無数の矢が放たれるクライマックスで、黒澤が本物の矢を使用した逸話は有名だ。本物の矢といっても、中心が空洞になって糸が通されており、矢の進むコースはあらかじめ決まっていた。しかし弓から矢を放っていたのは、大学の弓道部のメンバー。技術は危なっかしいうえに、至近距離で弓を引いていた。いくら糸が通っていたとはいえ、その状況で矢の集中砲撃にさらされる三船は、たまったものではない。糸が切れて、もしコースが変わったら、大ケガをする可能性もある。
あのクライマックスでは、三船がものすごい形相で逃げまどっているが、リアルな恐怖を感じたからだと想像がつく。黒澤明の本物志向によって、この上なく生々しい表情が映像に記録されることになった。
黒澤と並ぶ日本の巨匠、小津安二郎も、ほんの一部分しか画面に映らない陶芸品など、小道具にすべて「本物」を用意させていた。ハリウッドでも、黒澤を師と仰ぐフランシス・F・コッポラは『ゴッドファーザー』で本物の馬の生首をベッドに置いた。
こうした「本物志向」は、映画作家ならば誰もが理想とするはずだが、現実的に達成することは難しい。とくに現代においては……。これからもクリストファー・ノーランのチャレンジは続いていくことだろう。
文: 斉藤博昭
1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。スターチャンネルの番組「GO!シアター」では最新公開作品を紹介。
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※2017年9月記事掲載時の情報です。