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『ゴールデン・リバー』が描いたのは、「西部劇」ではなく西部開拓時代に生きる人々の物語

『ゴールデン・リバー』が描いたのは、「西部劇」ではなく西部開拓時代に生きる人々の物語


従来の西部劇に対する反逆性



 『荒野の決闘』(46)や『続・夕陽のガンマン』(66)、『七人の侍』(54)をリメイクした『荒野の七人』(60)をさらにリメイクした『マグニフィセント・セブン』(16)等々……西部劇は男の美学を描く人気ジャンルだ。己の信念を貫き、腕ひとつで血風や弾丸の雨を駆け抜けていくカッコよさ、今この瞬間に命を燃やす儚い輝きがロマンを掻き立てる。


 『ゴールデン・リバー』も、見ごたえたっぷりの銃撃戦は用意されている。ガンマンらしい粗野で粗暴なチャーリーというキャラクターもいる。西部劇のポイントはしっかり押さえられているが、むしろ作品自体が従来の西部劇に対する反逆的なつくりになっている。うがった見方かもしれないが、西部劇展開を「よしとしない」空気が流れており、一元的なカタルシスを感じさせてはくれない。銃撃戦では、どのモブキャラクターも生々しく死んでゆく。これまでの作品で命の重さを描いてきたオーディアール監督の作風もあるだろうが、非常に特異だ。




 あえてギャップを生み出すことで、ジャンルの面白さを開拓する方法論は往々にしてある。「時代劇らしからぬ時代劇」を標榜した是枝裕和監督作『花よりもなほ』(06)や、直近であればナチスものにゾンビアクションを足した『オーヴァーロード』(18)等……だが本作は、そのような「アプローチ自体を見せたい」映画ともまた違う。先に述べた通り、描こうとしているのは人間なのだ。人物描写を深掘りするために、ジャンルを「使う」――なかなかお目にかかれない方法論が採択されている。


 本作の原題は『The Sisters Brothers』。つまり、イーライとチャーリーの兄弟を描いた作品だ。戦闘時には絶妙のコンビネーションを見せる2人だが、性格は真逆。この2人の関係性が揺らめき、帰結するまでを物語は描いていく。ここで重要なのが、先ほど述べた部分。西部劇を象徴するチャーリーと現代性を背負ったイーライという兄弟の相克が、画面自体のテイストの変化によって示されるのだ。西部開拓時代に生きながら、時代に即した生活に嫌気がさしているイーライの想いが、作品全体を西部劇調に支配しようとするチャーリーを妨げ、冒頭からノイズとして入り込んでいる。




 例えば序盤、スリリングな銃撃戦を終えてさぁ西部劇の始まりだ、と言わんとするタイミングで、イーライは火に飲み込まれそうな馬を救出しに行ってしまう。出発前には武器を装備するのではなく新商品の歯ブラシを購入し、寝る前には想い人のハンカチを抱きしめる。一方のチャーリーは暴力的で大酒飲み、野心家という西部劇のステレオタイプをなぞっており、シーンごとに現代と古風を行き来することになる。


 両者のマウントの取り合いがその瞬間のカラーを決定する、という構造面での面白さは、モリスとウォームの登場によって新たな局面を迎える。4人の関係性が「仲間4:敵0」に変わったとき、これまでにはなかったブロマンスが立ち上がるのだ。



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