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『ガタカ』運命は遺伝子を超える。切なさに満ちた傑作SF

(c)Photofest / Getty Images

『ガタカ』運命は遺伝子を超える。切なさに満ちた傑作SF

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あまりにも切ない冒頭9分



 本作で描かれる、システムが人間の運命を決定する世界、というのは人気アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』(12~19)にも影響を与えた設定だ。出生数秒後に推定寿命が判明し、DNA操作で生まれた「適正者」が優遇される近未来。自然出産で生まれた主人公ビンセントは息をした瞬間から「不適正者」と診断され、彼の人生はマイナス状態からスタートを切る。しかし、この「マイナス」が「ゼロ」や「プラス」に変わることはない。


 映画が始まると、「神が曲げたものを誰が直し得よう?」(伝道の書)「自然は人間の挑戦を望んでいる」(ウィラード・ゲイリン)という2つの言葉が浮かび上がる。その後、ビンセントが身体中の毛を丁寧にそり、垢を落とし、それらを焼却処分する姿が描かれる。彼は続いて尿が入ったパックを身体に装着し、指紋を付け替え、血液を忍ばせ、勤務先へと向かう。スモーキーブルーの背景、名作曲家マイケル・ナイマンが生み出した哀切な旋律も相まって、ビンセントの置かれた悲観的な状況がいきなり胸に迫ってくる。彼は、細胞ひとかけらすらこの世に歓迎されていない。何の罪もないのに、だ。


 PCでの作業を終えたビンセントは、キーボードの隙間をエアダスターで丁寧に掃除して自分の痕跡を消し去り、代わりに適正者であり協力者のジェローム(ジュード・ロウ)の毛の破片を散らす。尿検査もすり抜け、あと1週間に迫った念願の土星ミッションを想い、空を見上げる。これが彼の「ジェロームとして」の日常だ。


 ここまでが約9分。ガタカは106分の作品だから、全体の10分の1にも満たない分量で、観る者は彼の30年もの人生を知る。どれだけの期間、自分を殺して他人に成りすまし続けてきたのだろうか。このレビューを執筆するにあたって数年ぶりに本作を観返したのだが、僕はこの時点で泣いていた。あまりにも切なすぎる「夢への道」だ。



『ガタカ』(c)Photofest / Getty Images


 輪をかけて哀しいのは、ビンセントが土星行きのメンバーに選ばれているということ。彼の持つ能力は、適正者と何ら変わらない。いや、それ以上だ。それでも、ビンセントが彼自身として生きることは許されない。ジェロームという「人格」で覆わなければ、これまでの努力は全て水泡に帰す。無念も怒りもすべてを飲み込んで、ジェロームであり続けようとするビンセントの原動力は、夢に対する想いだ。


 両親にも弟にも、小さい時から「お前には無理だ」と言われ続けた。小学校を追い出され、大人になってからもあらゆる面接で落とされ、清掃員としてしか憧れの職場に足を踏み入れられなかった。最早、「差別は科学の領域」だ。それでも、夢があるから耐えられる。生きてゆける。犯罪だろうが構わない。


 ここまで強く夢を想い、そのために生きられただろうか。『ガタカ』は、観た者の遺伝子に組み込まれ、困難に立ち向かう勇気を与えてくれる。



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